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「音楽著作権」バイブル

2019年01月18日 (金) 「音楽著作権」バイブル

第17回 課題解決力を身につける

  このシリーズを毎回読んでこられた方は、アーティストに関連する著作権等の知識はかなり身についたものと思われるので、今回はその応用編として、音楽ビジネスの現場で実際に起こり得るケースを題材に、著作権や権利処理に関する知識を問う問題を出題します。読者のみなさんには、そのケースで、権利者としてどのように権利を行使すれば良いか、逆に言えば利用者としてどのような権利処理が必要になるか考えていただき、「課題解決力」といったものを身につけていただきます。実際のビジネスの現場ではこのような能力が求められるからです。

設問
 あなたは、あなたの勤務する音楽プロダクションA社の専属アーティスト山田一郎のマネージャーである。このたび、山田一郎の実演が収録されているCDアルバム『山田一郎の世界』に収録されている楽曲「青い空」の音源を、ある飲料品メーカーが缶コーヒーのCMに使いたいと、広告代理店を通じてあなたに連絡があった。CMの使用範囲はテレビやインターネットや映画館を含むすべての媒体を対象とし、使用する地域は日本全国で期間は1年間とのこと。
 『山田一郎の世界』はレコード会社であるB社から約1年前に発売されたCDである。このアルバムに収められている楽曲の原盤はすべてA社とB社の共同制作(共同原盤)で、その所有権とレコード製作者の著作隣接権はA社とB社の共有であるが、権利行使はB社が単独で行うことになっている。また、この原盤に関する実演家山田一郎の著作隣接権はA社が山田一郎から譲渡を受けてB社に権利行使を委託している。
 楽曲「青い空」は山田一郎が作詞、彼の音楽仲間である鈴木二郎が作曲をしており、著作権は音楽出版社であるC社が両著作者から譲渡を受け、そのすべての支分権と利用形態についてJASRACに管理委託している。また、C社はA社と共同出版契約(楽曲の著作権を共同で管理する契約)を締結している。
 あなたはこの申し込みについて、このCMによる楽曲へのプロモーション効果を期待し、また、A社も原盤使用料や著作権使用料が得られることから、ぜひ実現したいと考えた。これを実現するにはどのような権利処理が必要になるか検討しなさい。

 現実には、広告代理店(CM制作会社の場合もある。以下同じ)からマネージャーに直接CMの話が来るのは、CMへのアーティスト自身の出演依頼のケースがほとんどであり、設問のようにCD音源の利用のみのケースでは、レコード会社にまず話が行くのが普通です。しかし、設問のようなケースもあり得ることであり、場合によっては、マネージャーから広告代理店にCDのCM使用を売り込みこともあるので、マネージャーとしてもどのような権利処理が必要か検討することは意義のあることです。

検討1
このオファー内容でCMを制作し、それを使用すると著作権法上のどの権利が働くのか検討する

 この設問のような場合、著作権法上のどの権利が働いてくるのかを正確に把握しなければなりません。その作業は必ずしもマネージャーであるあなた自身が行う必要はなく、管理や法務を担当する部署があればそこに任せたほうが良いでしょう。しかし、その場合でも結果は必ず確認することが重要です。
 では、著作権法上のどの権利が働くのか検討してみましょう。
 第1に、CDの音源をCMに使いたいとのことなので、まず、そのCDの原盤を制作した者(原盤制作者)の権利である「レコード製作者の著作隣接権」と、その原盤の制作時に実演を提供した者の権利である「実演家の著作隣接権」が関係するのがわかります。
 次に、著作隣接権のなかのどの支分権が働くのか検討します。
 これは、CMをどのような媒体を使って流すかによって異なります。設問では、テレビでの放映、インターネットでの配信、映画館での上映、その他すべての媒体での使用となっているので、飛行機・電車・店頭・イベント会場などでの上映もあり得ます。
 レコード製作者の著作隣接権のなかにはいくつもの支分権がありますが、CMを制作するときはCM映像に原盤の音を複製することになるので、「複製権」が働きます。完成したCMを放送することについては、レコード製作者には「放送権」や「公衆送信権」のような支分権はなく、劇場などで上映することについても「上映権」のような支分権がないので、このような使用形態について権利は働きません。インターネットで配信することについては、サーバーにアップするときに「複製権」と「送信可能化権」が働きます。また、CMのなかの音声だけを再生して流すことも考えられますが、それについては、「演奏権」に該当する支分権がないので権利は働きません。
 これらを整理すると、レコード製作者については、著作隣接権のなかの「複製権」と「送信可能化権」だけが働くことになります。
 実演家の著作隣接権についてはどうでしょうか。まず、CMを制作するときに「録音権」が働きます。CMを無線や有線のテレビで放送することについては、実演家には「放送権」と「有線放送権」という支分権があるので、これらの権利が働くと思うかもしれませんが、放送権も有線放送権も「生実演」だけに適用されるので、CMのように物に固定された実演については働きません。また、上映することについても、レコード製作者と同様、権利がありません。ネット配信については「録音権」と「送信可能化権」が働きます。音声だけの再生については、演奏権がないので権利が働きません。
 これらを整理すると、実演家については、著作隣接権のなかの「録音権」と「送信可能化権」だけが働くことになります。

 第2として、CMに使われる「青い空」という楽曲は音楽の著作物なので、著作者である山田一郎と鈴木二郎の「著作権」が関係するのがわかります。
 著作権のなかのどのような支分権が働くのか検討します。
 まず、CMを制作するときに楽曲を複製するので「複製権」が働きます。次に、完成したCMを放送したり有線放送したりすると「公衆送信権」が、上映すると「上映権」が働きます。また、ネット配信すると、「複製権」と「自動公衆送信権」(送信可能化を含む公衆送信権)が働きます。さらに、音声だけを再生すると「演奏権」が働きます。

検討2
これらの権利について誰が許諾を出すのか検討する

 CMを制作し、それを使用するときに働く権利が確認できたら、次に、誰にその許諾権限があるのか検討します。
 まず、原盤の利用許諾について検討すると、レコード製作者の著作隣接権はA社とB社の共有ですが、その権利行使はB社が行うことになっているので、B社が許諾を出すことになります。また、実演家の著作隣接権については、A社がアーティストから譲渡を受けB社に行使を委託しているので、B社が許諾を出すことになります。つまり、原盤に関する権利についてはB社に許諾権限があるので、マネージャーは広告代理店に対し、原盤の利用についてはB社に許諾を求めるよう伝える必要があります。
 ところで、CDには「フィーチャードアーティスト」と言われるメインのアーティストの実演のほかに「バックミュージシャン」の実演も含まれているのが普通です。バックミュージシャンにも実演家としての著作隣接権が発生しますが、CMなどにその実演が使われる場合、どのように対応すれば良いのでしょうか。
 音楽業界には、原盤の制作に際し、バックミュージシャンと原盤制作者の間で書面による契約を締結する習慣はありません。しかし、長年の業界慣習により、バックミュージシャンと原盤制作者の間には次のような合意が形成されていると考えられています。
 すなわち、原盤制作者はレコーディング時にバックミュージシャンに一定額の演奏料を支払うことにより、制作された原盤をあらゆる形態により利用する権利を取得し、バックミュージシャンに対して追加の報酬を支払う必要はないという合意です。
 したがって、原盤をCMに使うことに関し、バックミュージシャンの許諾は不要と考えて良いでしょう。
 なお、バックミュージシャンが有する実演家としての著作権法上の報酬請求権に関してはバックミュージシャンが留保していると考えられており、実際、二次使用料請求権や貸与報酬請求権等をバックミュージシャンが行使できる仕組みができています。

 次に、楽曲の利用許諾についてですが、設問によれば、楽曲「青い空」の著作権はC社が著作者から譲渡を受け、その全支分権および利用形態についてJASRACに管理委託しているので、演奏や録音や放送など一般的な利用形態であればJASRACが単独で許諾を出すことになります。
 しかし、JASRACの規定によれば、今回のCMのような「広告目的で行う複製」については、管理の受託者であるJASRACが直接許諾を出すことはせず、委託者である音楽出版社が許諾の可否を判断し、許諾する場合は、広告代理店に許諾の通知を出すとともに、複製使用料について広告代理店と協議して定めた額をJASRACに通知することになります(このように、委託者が利用者と協議して決める著作権使用料のことを「指し値」と言う)。JASRACはこれを受けて広告代理店に指し値の複製使用料を請求します。
 したがって、マネージャーは、楽曲の利用についてはC社に許諾を求めるよう伝える必要があります。

検討3
許諾権限を有する者はどのような点に留意し、どのように許諾を出すのか検討する

 では、原盤の利用に関する許諾権限を有するB社と、楽曲の利用に関する許諾権限を有するC社は、何に留意し、どのように許諾を出せは良いのでしょうか。
 まずB社ですが、B社は「青い空」の原盤に関するレコード製作者の複製権と送信可能化権および実演家の録音権と送信可能化権を行使して許諾を出すことになります。原盤の使用料はB社が広告代理店と交渉して決めることになりますが、その際、アーティストの人気度やCMの内容(使う部分の長さ、使用の媒体・地域・期間等)を総合的に考慮して金額を提示することになります。
 これとは別に、B社にとって留意すべきことがあります。それはアーティストの人格面への配慮です。
 実演家には、著作隣接権のほかに「実演家人格権」という譲渡不可能な権利もあります。この権利は「氏名表示権」と「同一性保持権」から構成されており、実演家自身が保有しています。この権利に配慮する必要があるのです。
 氏名表示権は、実演を使用する際、実演家がその氏名や芸名等を表示し、または表示しないことを決める権利です。そして、CDなどに実演家の氏名が表示されている場合は、その実演を利用する者は、実演家の別段の意思表示がないかぎり、その氏名を表示すれば氏名表示権侵害に問われません。
 したがってB社は、原盤をCMに利用することを許諾するときは、広告代理店に対し、CM映像の片隅にでもアーティスト名を表示するよう指示したほうが良いでしょう。
 同一性保持権についてはどうでしょうか。実演家の持つ同一性保持権は著作者が持つ同一性保持権にくらべ、弱い権利です。つまり、著作者の持つ同一性保持権は、著作物やその題号について「著作者の意に反する改変を受けない権利」であるのに対し、実演家の持つ同一性保持権は、実演について「実演家の名誉又は声望を害する改変を受けない権利」です。前者は本人の主観で判断できるのに対し、後者には客観性が求められます。CMに既存の音楽を使う場合、その曲の一部を切り取って使うのが一般的です。これは実演の「切除」という改変行為に該当すると考えられますが、この改変によってただちに実演家の名誉や声望が害されるとは考えにくいしょう。しかし、CMとそこに使われる音楽はイメージが結び付きやすいので、CMの内容(商品の種類、映像やナレーション)によっては、その実演家の名誉や声望が害されることも考えられます。これは、その楽曲の著作者にも言えることです。したがって、実演家の同一性保持権は働くという前提で対応すべきではないでしょうか。そうであれば、B社は、CMへの利用許諾を出す前にアーティストの同意を取りつける必要があります。

 次に、楽曲「青い空」の著作権を管理しているC社はどのように対応すべきでしょうか。
 前述したように、JASRACに管理委託している楽曲であっても、広告目的で行う複製への許諾は音楽出版社が判断することになります。そして、許諾する場合の複製使用料は指し値なので、広告代理店と協議して決めることになります。いっぽう、制作したCMを放送したり上映したりネット配信したりするときに働く公衆送信権や上映権や自動公衆送信権などの権利にかかわる使用料はJASRAC規定額が適用されます。したがって、音楽出版社であるC社は複製権にかかわる使用料だけを決めるわけですが、この場合も原盤の使用料と同様、楽曲のランクやCMの内容を総合考慮して金額を提示することになります。
 さて、ここでもC社が留意すべき点があります。それは、著作者人格権に対する配慮です。著作者人格権は「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」という3つの権利から構成されていますが、いずれも譲渡不可能な権利なので音楽出版社には移転せず、著作者自身に帰属したままです。
 このうち公表権は合法的に公表された著作物には適用されないので、今回のようにレコード会社からCDとして正規にリリースされている楽曲を使用する場合は働きません。
 氏名表示権は、実演家の氏名表示権と同様の意味なので、CM映像に著作者名を表示するのが正しい対応と思いますが、実際にいろいろなCMを見ると、楽曲名とアーティスト名は表示されることが多いものの、著作者名まで表示されることはほとんどないようです。これは、氏名表示権を規定した著作権法19条の第3項に「著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる」とあるので、CMへの楽曲利用については、この規定が適用されるのかもしれません。もっとも、実演家の氏名表示権についても、著作権法90条の2の第3項に同様の規定があるのに、CMにアーティスト名が表示されるケースがほとんどなので、CMの場合、実演家名は表示し、著作者名の表示は省略できるというのが公正な慣行なのかもしれません。
 同一性保持権については、著作者は「著作者の意に反する改変を受けない」という強い権利があり、また、著作権法113条第6項に「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす」という規定もあるので、音楽出版社は、CMへの楽曲利用を許諾する際は必ず著作者の同意を得る必要があります。CMの使用期間中に著作者から広告主にクレームが入り、CMが中止に追い込まれることは音楽出版社にとって絶対に避けなければなりません。

 CMの制作とその使用形態によって働く著作権法上の権利の内容を整理すると下の表のようになります(人格権への配慮の部分を除く)。

 以上の検討の通り、CMに音楽が使われるという単純なことでも、その裏では多くの権利処理がなされているのです。アーティストが自らCMに出演する場合は、このような権利処理に加えて、プロダクションと広告代理店とのCM出演契約も必要となり、マネージャーの役割はさらに増してきます。

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