2017年12月27日、チケットキャンプが2018年5月末日をもって完全閉鎖することを発表した。2017年12月7日には衆議院第二議員会館にて自民党議員有志による「ライブ・エンタテインメント議員連盟総会」が開かれ、「特定興行入場券の転売に関する法律案(仮称)」の概要が承認されたばかりだった。
尚美学園大学総合政策学部江頭満正准教授の試算(2017年途中経過)によると、チケット転売サイトの影響によるライブエンタテインメント業界の損失は約408億円と見られると言い、本誌でもこの問題を何度も取り上げてきたが、ここでひとつの大きな局面を迎えたことは明らかなので、改めて、これまでの経緯を振り返っておきたい。
高額転売は何が問題なのか
チケット高額転売問題が深刻化し始めたのは、2015年から2016年にかけてのこと。以前から問題視されてはいたが、それまでは比較的小規模なC to C(個人対個人)でやり取りされていたのに対し、チケットキャンプをはじめとする大手企業によるビジネスとしての転売仲介サイトが台頭してきたことにより、その規模が加速的に大きくなった。
それによって、転売目的でチケットを不正に大量購入する、いわゆる「転売ヤー」が跋扈し、音楽ファンがチケットを取れないなど、行きたいコンサートに行く機会が失われるという問題が起こった。また、アーティスト側の意思とは関係なく、券面価格の何十倍もの高額で取り引きされることも多く、その利益はアーティスト側にはいっさい還元されず、そのコンサートにはまったく関係のない転売ヤーや仲介サイトの金儲けに使われるという由々しき事態になった。なかには月に数千万円もの売り上げを得る転売ヤーもいたほどだ。
簡単に言うと、音楽が好きなユーザーが音楽を楽しむ機会を奪われ、音楽をないがしろにする輩たちが私利私欲のために音楽を利用する、という図式となったのだ。
その対策として、コンサート主催者側は入場者に対して、入場時にチケット購入者本人かどうかのチェックを行わざるを得ない状況になり、本来気軽に行けて楽しめるはずのコンサートが、ハードルの高いものになってしまうという事態にまでおよんだ。
『音楽主義』75号(2016年3月発行)では、日本音楽制作者連盟常務理事でもある野村達矢氏(株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション常務取締役執行役員)が、「突き詰めると、音楽文化の継承に大きな損失をもたらす」と警鐘を鳴らした。
意見広告で社会的注目を集める
この問題が社会的に大きな注目を集めるようになったのは、2016年8月23日に打たれた新聞朝刊での意見広告がきっかけだった。日本音楽制作者連盟、日本音楽事業者協会、コンサートプロモーターズ協会、コンピュータ・チケッティング協議会の4団体による「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」と題されたその意見広告には、116組のアーティストと24の国内フェス・イベントが賛同者として名を連ねたが、これによってこの問題が一般にも広く知れ渡ることとなった。その後もテレビメディアでも取り上げられたりと、大きな反響を呼んだ(その反響の大きさもあってか、この広告は意見広告としては異例の、朝日広告賞『準流通・エンターテインメント部門賞』を受賞した)。
対策と立法化に向けての動き
いっぽうで音楽業界が講じた対策として、EMTG、テイパーズといった会社が、スマートフォンのアプリで入場できるシステムや入場時に座席番号を発券する当日発券システムを開発するなど、電子チケットの進化と促進に取り組んできたことがあげられる。
また、コンサートにやむなき理由で行けなくなってしまったファンの救済についても動き、2017年6月1日には音楽業界公認のサービスとして、公式チケットトレードリセール「チケトレ」が正式オープン。このサービスの大きな特徴は、音楽業界公認であるということ(逆に言うと、チケットキャンプなどこれまでの転売サービスはどれも音楽業界公認ではない)、そして、あくまで券面価格で取り引きするというものだ。
さらに、法整備に向けても精力的に動いた。2017年4月21日には冒頭にも記した「ライブ・エンタテインメント議員連盟」(会長:石破茂衆議院議員)によるチケット高額転売の防止に向けた現状報告会が開かれ、また、2017年6月1日には「チケット高額転売問題に関するプロジェクトチーム」(座長:山下貴司衆議院議員)が発足した。
実は、“ダフ屋”を取り締まることができるのは国の法律ではなく、都道府県ごとの迷惑行為防止条例である。その迷惑行為防止条例は基本的に「公共の場所」での迷惑行為を禁止するものであり、インターネット空間は「公共の場所」とはされていないことなどから、この行為を真っ向から取り締まれないというジレンマがあった。そうしたことに疑問を持った議員らが、音楽業界の要請を受けて立ち上がり、チケット高額転売問題を規制するには新たな法律が必要という認識のもと、立法化に向けて動き出したわけだ。
転売目的購入に有罪判決
こうした動きが急ピッチで進むなか、ついに逮捕者が出たのが、2017年5〜6月。コンサートチケットを転売目的で大量に購入したとされる者、他人になりすまして転売目的で不正購入したとされる者らが相次いで逮捕され、また、チケット転売で得た1億円以上の所得を隠したとされる者が国税局から告発された。いずれの事件においても逮捕された者はチケットキャンプなどのチケット転売サイトを利用してチケットを高額転売していたことがわかっている。 そして、2017年9月22日にはサカナクションの電子チケットやback numberの紙チケットを転売目的で購入したとして詐欺罪に問われた男に対し、神戸地裁が懲役2年6月(求刑通り)、執行猶予4年を言い渡し、刑が確定した。チケットの転売行為に不可欠となる転売目的のチケット購入行為に対して初めて有罪判決が下されたのである。この件に関し、本誌85号(2017年11月発行)で東條岳弁護士は「本件では、転売目的でチケットを購入しようとする者が、その目的を隠してチケットエージェンシーに対してチケットの購入を申し込み、その結果、転売目的の購入ではないとチケットエージェンシーを誤信させ、チケットエージェンシーにチケットを送付させたという行為をもって、詐欺罪(刑法246条)に該当すると評価」されたのだと解説し、この判決は画期的なものだと評価している。 こうした流れを経て、2017年12月にチケットキャンプの完全閉鎖が発表されたわけだが、これは、音楽業界が団結し、そして音楽ファンとともに闘い勝ち取ったものと言っても、決して大げさではないだろう。 とはいえ、問題がこれで解決したわけではない。最大の目的はあくまで音楽ファンが快適にコンサートを楽しめる環境づくりであり、今後もその実現に向け、音楽業界が一丸となって尽力してくれることを望む。