シンポジウムはコンサートプロモーターズ協会会長の中西健夫氏の開会あいさつに始まり、第1部では、日本音楽事業者協会専務理事の中井秀範氏、コンサートプロモーターズ協会総務委員の石川篤氏、Field-R法律事務所弁護士の東條岳氏が登壇。「高額転売問題のこれまでの動き」と題して、この問題が急速に拡大した2015年以降の、ライブ・エンタテインメント産業の取り組みを総括しました。音楽関連団体とアーティストの共同声明となった「高額転売NO」の新聞広告や、高額転売の法規制に向けたライブ・エンタテインメント議員連盟や関係省庁との連携、公式チケットリセールプラットフォーム「チケトレ」の設立などを説明したほか、現行の法制度では高額転売を効果的に防ぐことができず、新たな立法が必要である旨が述べられました。
その後、サカナクションの山口一郎氏、さだまさし氏のビデオコメントが上映され、高額転売の横行でユーザーが被害を受けている現状と、状況を改善するためのさらなる対策の必要性を訴えました。
第2部のパネルディスカッションでは、DEPORTARE PARTNERS代表の為末大氏、ミュージシャンの岸谷香氏、悪魔・アーティストのデーモン閣下、日本音楽制作者連盟常務理事の野村達矢氏が登壇。チケット高額転売への意見や、転売の利益が作り手や選手育成・支援とは無関係の第三者に流れている現状、今後の望ましいチケット流通のあり方についてなど、活発に意見が交わされました。
以下、そのパネルディスカッションでの発言を一部抜粋してお届けします。
アーティストや選手の思いと「完売した空席」の存在
中西 近年、音楽やプロ野球などのチケットが数十万円という高値で出品されていたという報告があります。特にスポーツは来年以降、日本で世界大会がいくつも開かれますし、組織委員会から転売の規制を要望する声も届いています。まずみなさんの視点をうかがいます。
為末 本来アーティストや主催者が得るはずの利益が転売者に流れることが大きな問題で、倫理的な啓発とシステムの改善が必要です。今後はチケットの値段設定がカギになると思います。
岸谷 私は東日本大震災の復興支援のためにバンドを再結成し、コンサートの収益を義援金として寄付したのですが、私たちのライブも高額転売があったそうです。来場したファンの方から「自分も復興支援に参加できてうれしい」という声をたくさんいただいただけに、やりきれない気持ちになりました。
デーモン閣下(以下閣下) 世間では、まだまだ正しく認識されていないだろうと感じる。高額転売とは本来流れるべきでないところに金がいき、不当な利益を得る業者や個人がいるから問題なのだと広く伝えていかなくてはならない。
野村 音楽関連団体もそう考えています。主には啓発と立法化、そしてチケトレの整備を含めた3つを進めてきましたが、「高額転売NO」には反対意見もあります。そういった声にも耳を傾け、クリアしていきたいですね。
閣下 先ほど価格の話があったが、音楽やエンタテインメント業界では、多くのアーティストが自分たちのコンサートステージに、ノーギャラに近い状態で上がっている。
岸谷 はい(笑)。
閣下 価格を上げていいという意見もあるのだが、こういった状態でやることには我々なりの理由があるのだ。まず、一所懸命貯金して好きなアーティストを見に行きたいという「ファンの思い」に価格を抑えることで応えたい。それから2つの「将来への投資」だ。多くの人に足を運んでもらい、「また見に行こう」と思ってもらう。我々も、各地の公演で得たものを次の作品に生かす。だから、売られたチケットの利益はアーティストと主催者や興行主に正しく入って、次に還元されなくてはおかしいのだ。スポーツならば、施設整備や選手の強化費などになるだろう。関係のない人に利益がいくのは大きな問題だ。
為末 そうですね。今後はテクノロジーが発達し、転売の流れや価格が把握できる時代が来るはずです。仮にそこで価格の上下があるにしろ、変動の幅を決めるのがいいでしょうね。また利益がアーティストに還元される形で実装されるべきだと思います。
岸谷 最近のチケットは一番前と一番後ろの席の値段が同じということが多いですが、高値の出品で買い手がつかなかったのか、最前列が空いているということもあります。私はドーム公演などでは一番遠い席と一番近い席に座って「どちらにもきちんと届けるぞ」と思ってステージに立つのですが…。
中西 アーティストはそういう思いを大事にされますよね。しかし、転売で勝手に価格が設定されて。
閣下 数分で完売したと聞く会場であちこちに空席があるというのは、ファンも我々もがっかりする。どんなツアーも「その1日」が一期一会の特別なものだし、期間限定復活のグループなどは今後二度と見られないかもしれない。見に行きたいと願う人の思いが簡単に踏みにじられているのだ。
為末 スポーツでは観客席の埋まり具合がアスリートのパフォーマンスに影響を与える場合もあります。高額転売などで押さえられたチケットの価格が乱高下して観客席に空きが出るとしたら、アスリートにも望ましくないことです。席が空くということは単なる売買を超えて、ともに作り上げるような空間にある価値を損なう可能性もあると感じます。
チケット価格と今後の課題〜時代に合ったシステムを
中西 チケット価格について、プロダクションの視点ではどうですか。
野村 お客様には学生など収入のない方もいますので、むやみに高くすることはできません。来場機会が失われることは長期的に考えると損失ですから。岸谷さんの話にありましたが、近年のチケット料金は会場内同一が主流になっています。かつてのように席種ごとに変えるというのも考え方のひとつです。最近のコンサートでの導入事例では、3席種のうち一番高額なプレミアム席でグッズの優先購入や入退場の優先レーンを使用できるサービスが取り入れられました。
閣下 慣例や慣習を見直すことも大切になるだろうな。
為末 フォーカスするポイントを間違えないようにしたいですよね。ファンとアーティストの結びつきを強めることが重要だと思います。
岸谷 そして啓発を。実は昨年、息子が人気のフェスに行くためになんの悪気もなく転売サイトで高額チケットを購入しようとしたので驚きました。
野村 チケトレの認知拡大は課題ですね。今後より利便性が高まりますし、電子チケットに置き換わる過程でダイナミックプライスにも対応することになるでしょう。多少の時間はかかっても、業界全体で取り組んでいきます。
中西 本当はどの分野のチケットも、簡単に買えて身近に楽しめるものであってほしいですが、法規制やシステムが必要な時代になりました。未来の基盤をみんなで作りたいですね。