vol.77 株式会社アリア・エンターテインメント代表取締役Elements Garden代表 上松範康さん
水樹奈々とのタッグや、原作から携わったゲーム『うた☆プリ』、『バンドリ!』の音楽制作など、音楽クリエイターとして名を馳せる上松(あげまつ)さんが登場。ゲームやアニメの音楽制作現場で起こっている出来事は、エンタテインメントの神髄と言えるものだった。全音楽制作者、必読!
tex t:阿刀 “DA” 大志 photo:鈴木希代江
作品は自分だけのものじゃない。あくまでもユーザーのものなんですよね。
ゲームやアニメへの愛情
作曲家とはいえ、上松さんのお仕事はゲームやアニメに対する深い愛情から生まれているものばかりだと感じます。
僕はアニメとゲームで育ってきたようなものなので、自分が仕事で関わっているアニメやゲームを、プロ意識というところから離れて純粋に楽しんでしまうところがあるんです。天職なんでしょうね(笑)。
一歩引いた客観的な立場に身を置くというより、自ら奥深くまで飛び込んでいくタイプ。
アニメやゲームは音楽単体で成り立っているものではないじゃないですか。アニメだったら映像があってこそだし、音楽だけだと不十分なんです。なので、作品と深く関わることで音楽がより良く聴こえるように強く意識しています。
聞くところによると、上松さんはアニメのアフレコ現場にまで顔を出すそうですね。あまり一般的なことではないそうですが。
最初は“なんで音楽の人が来るの? やりづらいよ”っていう空気がありました。だけど、これまでに例がないだけで、この作品を本当に良くしたいという気持ちはすぐに伝わるんですよね。なので、積極的にやっていくことが大事だと思っています。
もともと、上松さんはキーボーディストとしてキャリアをスタートさせました。
でも、18才でデビューしてすぐに、違う道があるんじゃないかと(笑)。妹が世界1位を獲ったアルピスタなので、あの集中力には勝てないって早い段階で方向転換ができたのは良かったと思います。キーボードの経験も今のコンポーザーの仕事にすごく活きていますし。
水樹奈々とのチームワーク
そして、2004年に音楽制作ブランド「Elements Garden」を立ち上げました。
自分が音楽ブランドをやることは想像してなかったし、もともとはフリーで活動しようと思っていたんですけど、僕が音楽学校の先生をやっていたときに優秀だと思った生徒が2人いて、藤田淳平と藤間仁という作曲家なんですけど、彼らと居酒屋で飲んでたときに「音楽ブランドやりませんか?」って提案されたんです。最初は驚いたんですけど、確かに個人でやるには限界があるし、チームで影響し合って何かを作ることで人の良いところも吸収できる。音楽ブランドじゃなきゃ作れない音楽はあるなって。
でも、クリエイティブとマネージメント的な要素を両立させるのはかなり難しいことだと思います。
そうですね。20代の頃はストレスでかなり太りました。しかも最初の頃は、いい曲を作るためにいいミュージシャンを使って豪華にするというやり方をしたせいで、どんどんお金がなくなったこともあって。だけど社長とクリエイターを両立させるという矛盾をやり抜く覚悟を決めてからは、ちょっとくらいは両立できるようになってきたかなと思います(笑)。
上松さんの転機のひとつとなったのは水樹奈々さんとの出会いで、彼女とのコンビで数々の名曲を生み出しています。そのなかでも印象に残っている楽曲は?
20代最後に、これが20代で一番の完成曲だ!という気 持ちで作ったのがアルバム『GREAT ACTIVITY』に 収 録されている「Orchestral Fantasia」です。これは、僕がElements Gardenで提唱していたストリングスサウンドはアニメ業界で非常に求められているという確信のもとに作ったんですが、それが奈々さんと三嶋さん(キングレコードのプロデューサー)の見ていた世界観とうまくクロスしたことが印象に残ってますね。
奈々さんとの仕事において、どうやって彼女を輝かせようと意識していますか?
基本的には水樹奈々チームからの発信で、こちらからどうやりたいかを提案することはほぼないです。なので、チームから何かを求められたときに一番使いやすい武器で返すということを意識してますね。
では、チームからの提案が自分のなかで腑に落ちないまま作業に入って、仕上がってみて狙いに気づくなんてことも?
ありますね。「Vitalization」という曲は20回以上のリテイクがあって、そんなときに「これです!」って奈々さんから言われたテイクがあって。そのときは自分ではまだよくわかってなかったんですけど、その曲が世に流れたときに、あ、彼女にはこれが見えてたんだってわかったことがあります。彼女のヒット曲のひとつ「ETERNAL BLAZE」を手掛けたときも、楽曲が完成したあとにライブでの演出とともに聴くことで、なるほど、こういうところまで見えていたのか!と気づきましたね。
原作から関わった『うた☆プリ』
作曲者としてのエゴを出したくなるとき
もあると思うんですが。
暴走することは多々あります。でも、人に恵まれているんですかね。自分がダークサイドに行かないようにその都度みんなが叱ってくれるんです。特に、『うたの☆プリンスさまっ♪』は僕が原作に関わっているんですが、作品を立ち上げたばかりの頃は“こういう曲がやりたいんだよ!”という意固地な状態によく陥ってました。だけど、ファンやいろんな人の声を聞いているうちに、“あ、これは自分だけのものじゃない。この人たちのものでもあるんだ”って気づいたんです。あくまでも作品はユーザーのものなんですよね。そうすると、原作者として恥じないようにしなきゃいけないという気持ちがどんどん湧いてくる。誰かのSNSでの書き込みに気づかされることもありました。そうやって自分が変わることで、今度はチーム全体が良くなっていくんです。
『うた☆プリ』は、企画段階から社内の猛反対にあったそうですね。
はい(笑)。みんなからすると“作曲家が何を言ってるんだ”って感じですよ。しかも、僕たちの会社は小さい会社だったし、“みんな自分の仕事で精一杯なのに”っていう雰囲気はありました。なので、毎週の会議で、このキャラクターがこうなってね、これがこうライブをしていくとこうなるはずなんだっていう社内営業をして(笑)、最終的に、じゃあ、みんなでやってみようという空気にできました。
作品が完成したときはたまらなかったでしょうね。
達成感もありましたけど、それと同時に怖さも出てきて。男性アイドルアニメのパイオニアみたいな位置にいると、毎回が誰もやったことのない領域に踏み込む感覚なんです。そういう未来が見えたときにものすごく怖くなりました。“この作品は先駆けとなるものだから間違えてはいけない。この作品で何かあったら後続の作品にも影響が出る”って。作品が始まって8年目ですけど、いまだに“これでいいのか”という気持ちがありますね。
アニメのキャラクターが歌うキャラソンの場合、どういう意識で作詞や作曲をされているんですか?
自分のなかでそのキャラクターを可視化して、本当に彼がしゃべっているかのように打ち合わせをするんです。「どんな曲をやりたい?」「僕がやりたいのは…」って本当に見えてくるんですよ。そうやって空想で打ち合わせをしていくとキャラがどんどん固まってくるし、彼はこんな歌詞だと「それは絶対に違います」って言うだろうな、っていうことまで見えてくる。キャラ設定がブレていないからこそできることだと思いますね。
作品と深く関わることで音楽がより良く聴こえるように。音楽単体でという視点があまりないのかもしれない。
Elements Gardenの今後
また、『BanG Dream!(バンドリ!)』はマンガ、アニメ、ライブ、音楽など様々なメディアミックスを展開する作品ですが、こういう作品に対してはどうやって音楽を作っているんでしょうか?
ここでは音楽を作ることに特化してほしいと言われたので、それがたまらなくうれしくて。よしよし、本業だ!って(笑)。でも、僕のこれまでの経験もあるので、音楽以外の話もよくしますね。
それぞれの立場から生まれる思惑や狙いがあると思うのですが。
そこは僕も結構かみつくタイプなので、違うと感じたら、「それは違います」って原作の方に対して物を言う勇気はあります(笑)。ただ、実際にはあんまりぶつかったことはないですね。『バンドリ!』は声優さんが楽器を弾くというアイデアが良かった。
もはや、上松さんは音楽プロデューサーという肩書には収まりきらないですね。
自分でもよくわからないです(笑)。そもそも音楽単体でという視点があまりないのかもしれない。
Elements Gardenとしては今後どんな未来を見据えていますか?
今、徐々に形にできてきてるなと思うのは、どの世代のニーズにも合う音楽をElements Gardenが作るということ。作曲家を育てるのに2〜3年はかかるんですけど、毎年必ず新しい作曲家を入れて育てていくと、すべての世代を押さえられるようになるんです。今後、どんな音楽でも作れるようになるためにはそういうことが大事になってくると思います。
PROFILE
上松範康
1978年生まれ、長野県出身。1997年にWHO'S WHOのキーボーディストとしてメジャーデビュー。2000年より音楽制作活動に力を注ぐようになり、水樹奈々など数々のアーティストに楽曲提供。また、『うたの☆プリンスさまっ♪』や『戦姫絶唱シンフォギア』では音楽のみならず原作も手掛けている。音楽事務所「アリア・エンターテインメント」および音楽クリエイター集団「Elements Garden」代表。マネージメント会社「S」所属。