今回のポイント
(1)「著作者人格権」と「著作権」は、著作物を創作した時点で著作者に自動的に付与される(無方式主義)。
(2)「著作者人格権」は「公表権」と「氏名表示権」と「同一性保持権」という3つの支分権から成り立っている。
権利の取得に手続きは不要
今回解説する「著作者人格権」は「著作権」とともに著作権法により著作者に与えられる権利です。著作者は著作者人格権と著作権を取得するのに何の手続きも行う必要がありません(17条2項)。著作物を創作した時点で、その著作者に自動的に権利が付与されるのです。
このように、権利を取得するのにいっさいの手続きを必要としないことを「無方式主義」と言います。これに対し、出願や登録などの手続きを行うことを権利取得の要件とするものもあり、これを「方式主義」と言います。
著作権に関する国際条約で我が国も加盟している「ベルヌ条約」は方式主義の採用を禁じているので、ベルヌ条約締約国はすべて無方式主義を採用しています。
方式主義は、我が国では特許権や商標権などの産業財産権について採用されています。
著作者の権利と支分権
著作者に付与される「著作者人格権」と「著作権」は、すでにこのシリーズで取り上げた「著作隣接権」と同様、多くの細かな権利から成り立っています。ひとつひとつの細かな権利のことを「支分権」と言います。つまり、著作者人格権や著作権という用語は、これを構成する支分権という細かな権利をまとめた「権利の束」の総称なのです。
裁判所に著作者人格権(あるいは著作権)の侵害訴訟を提起する場合、単に「被告は原告の著作者人格権(あるいは著作権)を侵害した」というだけでは足りず、著作者人格権(あるいは著作権)のどの支分権を侵害したのかを示す必要があります。そういう意味でも、各支分権の意味を理解することが重要になります。
著作者人格権と著作権の違い
著作者人格権と著作権では権利の性格が異なるため、扱いもまったく異なります。
著作者人格権は著作者の人格的な利益を保護するためのものです。
著作者人格権は著作者の一身に専属し、譲渡することはできず(59条)、著作者の死亡とともに消滅します。ただし、著作者が存しているとしたならば著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならないと規定されており(60条)、これに違反すると著作者の遺族から訴えられたり(116条)、罰金を科せられたりすることがあるので(120条)、実質的には永久不滅の権利と言えるかもしれません。
これに対し著作権は、著作者の経済的な利益を保護するためのものです。
著作権はその全部または一部を譲渡することができます(61条1項)。
著作権は原則として著作者の死後50年まで存続しますが(51条2項)、例外もあります。著作権の存続期間についてはいずれ詳しく解説します。著作権の存続期間が満了した著作物は無断で自由に(ただし、著作者人格権に留意しつつ)利用することができます。
これらをまとめたのが下の表です。
著作者人格権の内容
著作者人格権は、以下の支分権から構成されています。
(1)公表権(18条)
公表権は、著作者が、まだ公表されていない著作物をいつどのような形で公表するかを決定する権利です。たとえば、ある作家が、未公表の曲を歌手Aの新しいアルバムに収録して発売することによって公表しようと考えていたところ、その前に歌手Bがコンサートで歌ったために先に世に出てしまったような場合に公表権の問題が生じます。
著作物の「公表」とは、発行され、または、著作権者またはその許諾を得た者によって上演、演奏、公衆送信などの方法で公衆に提示されることを言います(4条1項)。原著作物が未公表の場合であっても、その翻訳物が合法的に公衆に提示された場合は、その原著作物は公表されたものとみなされます(4条3項)。
「発行」とは、公衆の要求を満たすことのできる相当程度の複製物が、著作権者またはその許諾を得た者によって作成され、頒布されることを言います(3条)。「公衆」には不特定の者のほか特定多数の者も含まれます(2条5項)。
公表権は、著作者の同意を得て公表された著作物については消滅します。また、公表前にその著作権が他人に譲渡された著作物については、その著作権の行使によって著作物が公表されることについて著作者の同意があったものと推定されます。
なお、未公表の著作物を原著作物とする二次的著作物(この用語の意味については、いずれ解説します)を公表する場合は、二次的著作物の著作者の公表権に加え、原著作物の著作者の公表権も働きます。
(2)氏名表示権(19条)
氏名表示権は、著作者が、著作物の原作品に、またはその著作物の利用に際して、著作者名を表示するかしないか、表示するとすればどのような著作者名にするかを決定する権利です。著作物の利用者は、著作者が著作者名表示を変更するなど別段の意思表示を行わないかぎり、その著作物についてすでになされている著作者名表示に従って著作者名を表示すれば、氏名表示権の侵害にはなりません。二次的著作物に関しては、二次的著作物の著作者の指名表示権のほかに、その原著作物の著作者の氏名表示権も働きます。
レコード会社がCDのジャケットなどに楽曲の著作者名(作詞者・作曲者名)を印刷したり、ラジオやテレビの歌番組などで音楽が流れるときに、歌手や楽曲の名前に加え、その著作者名がアナウンスされたりテロップ表示されたりする背景には、この氏名表示権の存在があるのです。
ただし、著作物をどのような形態で利用するときも著作者名を表示しなければならないかというと、そうではありません。19条3項には、著作物の利用の目的や態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害する恐れがないときは、公正な慣行に反しないかぎり、氏名表示を省略することができると規定されています。たとえば、音楽隊が街頭をパレードしながら演奏するときに、いちいち「次に演奏する曲の作曲者は誰々です」などと言わなくても氏名表示権の侵害にならないと考えられます。
(3)同一性保持権(20条)
著作物のタイトル(題号)とその中身について、著作者の意に反する改変を受けない権利が同一性保持権です。著作物のタイトルは、それ自体に創作性がないかぎり著作物としては保護されませんが、同一性保持権の対象にはなるので注意が必要です。
同一性保持権が問題になるケースを音楽の著作物でたとえれば、曲名を勝手に変えたり、メロディを作曲者に無断で変えたり、歌詞を作詞者に無断で変えたりすることです。また、メロディそのものは変えていない場合でも、ハーモニーやテンポやリズムを変えたり、対旋律を加えたりするなどした結果、著作者の意に反する改変になってしまうと、編曲権の問題とは別に同一性保持権の問題も生じる可能性があります。
なお、改変の意図はないものの、歌唱演奏技術の未熟さや単純ミスなどにより結果として著作者の意に反する改変が行われるケースなど、やむを得ない改変と認められる場合は、この権利は適用されません
実演家の持つ同一性保持権との違い
実演家にも「実演家人格権」という人格権があり、その支分権として氏名表示権と同一性保持権があります(公表権はありません)。このうち氏名表示権は著作者人格権のなかの氏名表示権と同じ内容と考えて問題ないと思います。ところが、同一性保持権には大きな違いがあります。
すでにこのシリーズで解説しましたが、実演家の同一性保持権は、実演家が自己の名誉・声望を害する実演の変更、切除その他の改変を受けない権利です。
歌や演奏をわざと下手に聴こえるように加工してネット上にアップすると、この権利に触れることが考えられます。
ただし、実演の改変が実演家の名誉・声望を害するかどうかは客観的に判断されるべきものなので、実演家の意に反する改変が行われたとしても、それが客観的に見て実演家の名誉・声望を害するものではないと判断されれば、同一性保持権の侵害にはなりません。
このように見ると、「意に反する改変を受けない権利」という主観的判断にもとづく権利である著作者の同一性保持権は、「自己の名誉・声望を害する改変を受けない権利」という客観的判断を要する実演家の同一性保持権にくらべ、かなり強い権利ということができると思います。
名誉・声望保持権という権利について(113条6項)
著作権法には、以上のような著作者人格権を構成する3つの支分権のほかにも著作者の人格的利益を保護する規定があります。それが、「名誉・声望保持権」とも言うべき113条6項の権利です。
この規定は、著作者の名誉や声望を害する方法によって著作物を利用する行為を著作者人格権の侵害行為とみなすことで、著作者の人格的利益を保護しようとするものです。条文自体に「名誉・声望保持権」というタイトルが付けられているわけではありませんが、著作権法の専門家などは、この条文により規定されている著作者の利益ないし権利のことを「名誉・声望保持権」と称しているようです。
この規定は、著作物を改変しないでそのまま利用した場合でも適用されます。たとえば、芸術性の高い映画のテーマ曲として使われた格調高い曲をアダルトビデオのBGMとして使うと、この権利に抵触するでしょう。
また、この規定は著作権者(著作権を保有している者を言う。著作権は譲渡することができるので、「著作者=著作権者」とはかぎらない)が利用を許諾している場合でも適用されるので、著作者と著作権者が異なることの多い音楽著作物の利用に際しては、利用者も著作権者も十分に注意する必要があります。
そういう意味で、音楽出版社は、管理楽曲をCMやパチンコなど楽曲や著作者のイメージに深くかかわるような利用形態への利用を許諾する際は、著作者の事前の同意を得ることが重要になります(音楽出版社については、いずれこのシリーズで取り上げます)。
参考条文
第18条(公表権)
著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。
2 著作者は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に掲げる行為について同意したものと推定する。
一 その著作物でまだ公表されていないものの著作権を譲渡した場合、当該著作物をその著作権の行使により公衆に提供し、又は提示すること。(以下省略)
第19条(氏名表示権)
著作者は、その著作権の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
2 著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。
(3項以下省略)
第20条(同一性保持権)
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
(2項省略)
第59条(著作者人格権の一身専属制)
著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。
第60条(著作者が存しなくなつた後における人格的利益の保護)
著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。
第113条(侵害とみなす行為)
6 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。
第116条(著作者又は実演家の死後における人格的利益の保護のための措置) 著作者又は実演家の死後においては、その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。以下この条において同じ。)は、当該著作者又は実演家について第60条又は第101条の3の規定(筆者注:「実演家の死後における人格的利益の保護」のこと)に違反する行為をする者又はするおそれがある者に対し第112条の請求(筆者注:「差止請求権」のこと)を、故意又は過失により著作者人格権又は実演家人格権を侵害する行為又は第60条若しくは第101条の3の規定に違反する行為をした者に対し前条の請求(筆者注:「名誉回復等の措置」のこと)をすることができる。
(2項以下省略)
第120条
第60条又は第101条の3の規定に違反した者は、500万円の以下の罰金に処する。