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2021年09月08日 (水) 特集

野村理事長インタビュー
「未曾有の危機にあるライブエンタテインメントの現在と取り組むべき課題」


2021年6月、日本音楽制作者連盟の理事長として二期目を迎えたヒップランドの野村社長へのインタビュー。新型コロナウイルスの感染拡大で未曾有の危機にあるライブエンタテインメントの現在、そしてデジタル化が進む社会の中で音制連が取り組むべき課題について、語ってもらった。


2019年6月に日本音楽制作者連盟(以下、音制連)の理事長に就任されてから2年が経ちました。新型コロナウイルスの感染で大きな危機に見舞われた2年間でしたが、まずは就任当初のヴィジョンについてはどのように振り返っていらっしゃいますか。

2019年6月に理事長に就任したのは、権利処理やチケット転売問題など、いろんな場面でデジタル化の立ち遅れという課題が音楽業界に露呈し始めてきたタイミングでした。課題は山積みでしたが、そこに前向きに取り組んでいこうという気持ちが最初にあったんですね。音制連の理事メンバーも、かなり若返りして、デジタルリテラシーの高い人たちを意識して構成していきました。まずはそこが大きかったです。ところが2020年に入るとすぐにコロナ感染の拡大が始まり、2月26日に政府から大規模イベントの自粛要請が発信されました。コロナ禍において、他の業界よりも先駆けて、ほぼ最初にライブエンタテインメントの世界が営業活動を停止することになったわけです。たとえばPerfumeは2月25日、26日の東京ドーム2daysの2日目を中止にしたし、EXILEも26日の京セラドーム大阪の公演を中止にした。そのことが象徴的でしたが、大規模イベントに限らず、大小、ライブハウスのイベントも中止の決断をしました。基本的には9割9分、政府方針に従ったということです。国民の健康維持のために、経済的な損失を顧みず中止を決断しました。

この時期はどんなことを考えていましたか?

ライブエンタテインメントをどのような形で再開していったらいいのか、この日から3月、4月、5月にかけてはほぼ毎日のように各社、団体を越えて集まり、喧々諤々と話し合って模索していきました。最初は手探りの状況でしたが、感染防止のためのガイドラインを作っていくということ、お客さんに協力してもらうよう啓蒙活動をするということ、コンサート現場だけでなく世の中全体の感染防止に対してどんなことができるのかを主に話し合いました。「春は必ず来る」というキャンペーンを行い、大きな反響も集めました。感染防止という意味では、東日本大震災のような大きな災害と違って、一人ひとりが自覚を持つことによって防げることが沢山ある。手洗いやうがい、マスクの着用といった基本的なことを徹底することで、感染拡大が防止できるんじゃないかということを当時も思っていましたし、それはワクチン接種が始まった今でも継続して訴えていきたいことではあります。3月の頃は1カ月後くらいには再開できると踏んでいましたから、具体的な再開の日程についても話し合っていました。ところが、毎日毎日打ち合わせするごとに、感染拡大のニュースが入ってくる。4月から5月にかけて、一回目の緊急事態宣言が出た頃は打ちひしがれたような挫折感の中で日々過ごしていた感じでした。その一方で、経済的な部分のフォローをどうするかということも考えなければいけない。3月と4月だけでも2000本近い公演が中止になり、500億近い損害が出ていた。そこにおいての支援をどうするかという部分での政府との交渉も始まっていました。ただ、そこに関して、どうアプローチして、どう主張していくかというノウハウの蓄積はなかった。まっさらな状態に近いところからはじめたっていう苦労も大いにありました。

政府との折衝や交渉、基金の立ち上げ

政府との折衝や交渉においては、音制連だけではなく、日本音楽事業者協会(以下、音事協)、コンサートプロモーターズ協会(以下、ACPC)の三団体が手を取り合って動いていましたが、そこはどんな経緯でしたか。

ひとつの土台になったのは、チケット転売問題ですね。この問題を解決するために、法改正や立法を一つの目標としてチケット適正流通協議会(FTAJ)を発足し、ロビー活動を行ってきた。ライブ・エンタテインメント議連が立ち上がり、そこに対して音事協とACPCとの三団体が関わって働きかけチケット不正転売禁止法の 施行の下地になりました。そこから日本音楽出版社協会(MPA)にもご協力頂き四団体でコロナ禍でエンタテインメントの職が失われ始めたことに対処していったんですけれど、法を作っていくというアプローチと、補償を請求していくというアプローチは、当然違う。どういう主張をしていくのかについては初めてのことも多かったです。最初は中止した公演の損失額に対して補償を求めたんですが、これが難航した。世界的なパンデミックの中でどの産業もなんらかの損害を受けているので、ライブエンタテインメントだけに補償していくのはできないというのが政府としての大前提だった。加えて、補償という、ある意味“損害賠償”に近いお金を処理するのが難しいというところがあった。それが当初のやり取りの中で暗礁に乗り上げていったところでした。そこからどういった方法が考えられるのかを話し合う中でひとつ出てきたのは、ある程度のコロナが収束して、ライブ活動が再開された時に、その再開に対して、コンサートの経費を援助していくような仕組みならどうだろうかということだった。それであれば、経済の再生復興にお金を支援していくことに繋がるので、政府としても比較的、積極的にお金を出せるということだった。そこから最終的に経済産業省とのやり取りの中でできたのがJ-LODliveの仕組みです。これを使えば、政府はライブを再開した時の経費の半額を補償するということになった。現在は文化庁のARTS for the future! (AFF)も開始されていますが、これらの助成制度は、ライブを再開した時に支援されるお金なので、そこまでの期間を生き延びることはやはり厳しい。政府が補償に対応してくれないのであれば民間の力でなんとかできないかっていうところで、基金を立ち上げるという動きも3月の後半ぐらいから始まりました。公益財団法人の軒先を借りて「Music Cross Aid」という基金を立ち上げた。そこから1年で約2億5000万くらいの基金を集めることができた。そこから経済的困窮をしているライブエンタテインメント関連の従事者に対して、4回目の公募までで1億6000万円の分配をしました。もっと工夫して努力していかなきゃいけない部分はありますけど、なんとかそういう仕組みを作ってきました。

昨年にはコロナ禍を受けてオンラインライブという新たなビジネスモデルも生まれました。ここに関してはいかがでしょうか。

2月26日にライブが自粛になり、当初は、せっかく会場と日程があるんであれば、少しでもファンに楽しんでもらおうとお客さんを入れずにライブを配信していました。当初は「無観客ライブ」という言い方をしていましたが、3月頃からそうした配信のチケットを販売して少しでも収益にするということが始まり、いわゆるオンラインライブが興行として本格的に行われるようになってきたのが5月以降です。これまで音楽エンタテインメントは音源制作と興行の二本立てで成立してきましたけど、その中間に値するようなものが生まれた。それはコロナ禍における一つの産物だったと思います。オンラインライブも、当初はお客さんを入れないライブ会場でやるというスタンスでしたけど、コンサート会場じゃない場所でライブをやったり、ARやVRの技術を導入したり、映像表現にこだわったり、そういった進化が進んだのが7月から8月ごろでした。このことでわかったのは、オンラインにはメリットとデメリットの両方があるということですね。まずは、今までライブに行きたい気持ちはあっても行けなかった人が沢山いたということに気付いた。たとえば小さなお子さんがいたり、地方や海外に住んでいて会場に来れなかったり、そういった人たちからの歓迎の声は大きかったですね。オンラインにはソールドアウトがないというのもメリットです。一方でデメリットの部分を言うと、どんなにいいライブをやっても、やっぱり、オンラインで伝えられるのは視覚と聴覚だけである。会場の臨場感、肌ざわり、温度感は伝えられない。一つの場所で音楽を共有する喜びという意味ではどうしても限界がある。だから、最初は目新しくて飛びついたお客さんも、だんだん「こんなものか」という気分になってきているのはあると思います。だとすれば、我々は、それに対して、じゃあ生でライブを見る、時間を共有するっていうこと自体にどう価値を持たせるか、オンラインライブだからこそできることを工夫していく必要がある。芸術性も含めて、オンラインライブの表現を追求していく必要があると思います。

昨年秋からは動員を制限した形で有観客のライブも再開しましたが、そこはどう振り返っていらっしゃいますか。

コロナの感染によって「三密を避ける」という言葉が出てきました。やはり「三密」にあたる象徴的な場所がライブ会場で、その「密集」を回避する手段として、会場キャパシティーの50%に動員を規制するというところから、徐々にライブの再開が始まっていきました。J-LODliveで経費の50%が出るということは、会場のキャパシティーが50%でも、なんとか赤字を出さずに開催できる。であれば再開しようということです。ある意味、この時期にライブを再開するというのは、儲かる、儲からないの考えじゃないんです。ライブ自体を継続してやっていかないと、ライブエンタテインメントの習慣や文化の継続性が失われてしまう。そういう使命みたいなものを感じ始めたっていうのも、すごくありますね。それから、コンサートに関わっているスタッフの人たちの生活を守ることも大きい。ライブをやらないとなると、そこで働いていた人たちの雇用を継続できないし、その人たちの生活を維持できない。たとえ儲からなくてもライブを再開させることのひとつの理由は、そこにもありました。

オンラインライブの一つの形として、有観客ライブを行い、その配信チケットも販売するハイブリッド型のイベントも開催されるようになりました。

ただ、昨年の年末くらいになると、配信のチケットが売れなくなってきたんです。通常でやっているライブ映像を会場じゃないところでもオンラインで観れる形にはしたんですけども、それはたとえば今まで発売されてきたライブDVDや、WOWOWやスペースシャワーTVで放送されているようなライブ中継とは、あまり変わらない。会場のチケットが取れないようなプライオリティのあるアーティストは別ですが、そうじゃないアーティストはオンラインではなかなかチケットが売れないようになった。オンラインで煽りをくったのは新人と中堅ですね。たとえばロックバンドだったら、フェスの新人ステージから認知が広がっていって、少しずつ動員を増やしていくのが常套手段だった。しかし2020年は99%のフェスが失われてしまったので、そこに出る機会すらなかった。有観客ライブと配信を同時に行うハイブリッド型のイベントも定着していきましたけれど、それが成立するのは大物アーティストで、中堅、新人に関しては非常に厳しい状態が続いていたと思います。

チケットだけでなくグッズの収益の損失、新たな販路

こうしたコロナ禍の不透明な状況が続く中、2021年6月に2期目の理事長に就任されました。この先の見通しについてはどう考えていますか。

すごく難しいですね。正直、年初の頃には、世界的にも秋ごろには全て復活できるんじゃないかと考えていたんです。ワクチンも普及して、感染も収束して、コンサートが今までの形で再開できるんじゃないかと考えていた。2021年は復活の年になるんじゃないかという希望があったんです。しかし、ここ最近ではデルタ株が蔓延して、夏フェスも殆どのものが中止せざるを得なくなった。そういった状況を考えると、ライブエンタテインメントの再開に関して取り組んでいかなきゃいけない案件が山積みだというのが、第2期目の音制連の課題の大きな部分なんじゃないかと考えています。それは2020年と同じように、政府とのやり取りを含めて経済的支援をどうしていくかというのも含まれる。様々な公演活動が再開されていくという予測のもとに開催を予定していたコンサートが緊急事態宣言で改めて中止にせざるを得ない状況もある。たとえばフェスのようにJ-LODliveの仕組みだけでは補えないような大きな規模の公演も沢山ある。そういったものが中止になった際の補償や経済的支援をどうしていくかを考えなければいけない。あと、ここ1年はアーティストグッズ、ライブグッズ、フェスのオフィシャルグッズのように、作ったけれど直前で中止になった場面がたくさん増えているんです。この在庫の山をどう現金化していくかも考えていかなきゃいけない。

チケットだけでなくグッズの収益が失われた問題も大きいということですね。

そのために、ひとつは6月から7月にかけて、大阪と東京のタワーレコードの店頭のスペースをかりてグッズフェアをやりました。お客さんに店舗に来てもらって、商品をじかに見てもらって、グッズを購入してもらうことも、音制連の取り組みとして行いました。これは好評だったので、今後も状況によってはやっていきたいと思っています。もうひとつは、音制連が外部支援としてやってきている中で、アーティストグッズのECにおける流通促進をもっとしていかなければいけないんじゃないかと思っています。初めにお話したように、デジタル化への出遅れがあって、アーティストグッズのEC市場での流通が充実していない。それぞれのオフィシャルサイトで売る仕組みは生まれていますが、たとえばAmazonや楽天のようなショッピングサイトで買えるわけではない。こうしたところへの取り組みや、もしくはApple MUSICやSpotify、YouTubeのようなプラットフォームをチケットやグッズの販売促進につなげることもできるんじゃないかと思います。実際に海外ではそうした動きが始まっていますし、アメリカではMERCHBARがYouTubeやSpotifyと契約してグッズの流通を請け負っている。そういったことを日本で実現できないかということも画策しています。

先程おっしゃったオンラインライブの先行きについてはどうでしょうか。

オンラインライブは、あくまで観客を集めちゃいけないという大前提の中で成立したもので、観客が入れられるようになったときには、変わっていかざるを得ないと思います。その先の一つのアプローチとしては、表現としての、作品としてのオンラインライブという方向性がある。5Gの普及もあって、ライブ会場では経験できないようなことをオンラインで表現するという可能性も出てくると思います。もうひとつは、先程言ったハイブリッドですね。たとえば全国ツアーをして、その最終日に、観れなかった人も含めて、会場の人とオンラインで観ている人と時間を共有する。そういう形でハイブリッド型のライブをするというのも、これからの方向になっていくんじゃないかと思います。

新しい経路で世に出ていくタイプのアーティスト

デジタル化というところでは、フェスやライブハウスからブレイクしていくアーティストが生まれづらくなっている一方で、YouTubeのようなデジタルプラットフォームから支持を拡大していくアーティスト、ストリーミングサービスを経由してこれまでのCDリリースという形とは違う経路で世に出ていくタイプのアーティストが増えてきているのも、ここ最近の動きだと思います。

そうですね。音源の売れ方がフィジカルからストリーミングに変わっていく中で、メディアのあり方も当然変わってきている。ユーザーの方々が接触するデバイスのあり方も変わってきていて、スマホデバイスの中で完結するのが主流になってきている。そこで音楽をどう伝えるか、そのフォーマットを僕らが見失っているような気もします。たとえば音楽雑誌や、CSの音楽専門チャンネルや、FMラジオのような、音楽が好きな人たちがいる場所が分散してしまっている。そういう人たちを引っ張っていく磁場のある新しい場所がどこにあるのかを考えなければいけない。YouTubeやTikTokとは言われているけれど、それはあくまでもプラットフォームでしかなくて、コミュニティではない。そういったものが音楽シーンの中で作られていない。たとえばフェスというのはそういう音楽ファンが集まる磁場を持った場所だったんです。レコードショップの店頭のレコメンドも強い影響力を持っていたわけですけれど、ストリーミングサービスで音楽を聴く中で、アーティストとお客さんを結びつけるエンゲージメントがどう生まれていくか。そこをどう新しく作っていくかも課題だと思っています。一つ例を挙げるならば、信頼できるキュレーターが作ったプレイリストからヒット曲が生まれるような図式が広まっていったら望ましいと思っていて。そういったムードがもっと醸成されていってもいいんじゃないかという気がします。

正確なデータをもとに、本当の権利者に対して分配していく

先日には商業用レコード二次使用料の分配に関する取り組みについてメッセージを打ち出していました。この背景にはどういうものがありますか。

芸団協・CPRAの商業用レコード二次使用料の分配制度がアーティスト(フィーチャードアーティスト/FA)とサポートミュージシャン(ノンフィーチャードアーティスト/NFA)双方にとって公平性に欠ける状態にあることです。本来、実際に放送で使用された楽曲に参加したアーティストとサポートミュージシャンが定められたルールによって分配を受けるべきなのですが、特にいわゆるサポートミュージシャンの参加情報が表に出ていないことがあって、20年以上前にざっくりと決められた見做し分配ルール(放送されたか否かに関わらずレコーディングに参加した実績をもとに計算)を現在も一部採用していることです。その結果、放送で使用された楽曲以外に参加したサポートミュージシャンであっても、それなりの金額を受けられる仕組みになっています。これは、場合によっては表にでているアーティストや実際に放送使用楽曲に参加したサポートミュージシャンが受け取る金額よりも大きいことになってしまいます。我々音制連は会員社に所属するアーティストとサポートミュージシャンを代表して、公平な分配を目指すにあたってきちんとした正確なデータをもとに、本当の権利者に対して分配していこうということを打ち出しています。いろんなものがデジタル化されてきた今は、10年前、20年前に比べてそれが可能になっているはずなんです。旧態依然としたやり方が浸透して、それが既得権益のように守られて形を変えようとしていない。もちろん曲によって参加しているサポートミュージシャンの数が違うわけですし、本来なら楽曲参加データを集めて、正しいレコード制作管理表のもとで分配をしなければいけないし、その上であるべき分配ルールについても再検討しなければならない。我々はそのあたりのことを追求していきたい。そのためには、会員社の皆様には、楽曲にどういうアーティスト、どういうサポートミュージシャンが関わったかを制作段階で報告してもらいたい。つまり楽曲を制作したら必ずレコード制作管理表を書いて提出していただきたいと思っています。新しい時代になっているにも関わらず、古い時代のままの分配をしているのを改正したい。それが我々としてのスタンスです。

PROFILE

Profile/野村達矢(のむら たつや)

1962年生まれ 86年、明治大学卒業後、渡辺プロダクション入社、89年、ヒップランドミュージックコーポレーションに移籍し、BUMP OF CHICKEN、サカナクション、KANA-BOONなど、ロックバンドを中心に数々のアーティストの発掘・プロデュース及びマネージメントに携わる。2019年に、ヒップランドミュージック 代表取締役社長執行役員に就任。ロングフェロー代表取締役社長、MASH A&R取締役なども歴任し、日本の音楽シーンをけん引。音制連では、2007年に理事に就任後、2017年に常務理事に就任。近年では社会問題化したチケット高額不正転売においても中心的役割を担う。2019年6月、音制連理事長に就任。

https://www.hipland.co.jp

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