音楽にまつわる「ちょっといい話」

音楽にまつわる「ちょっといい話」

音楽にまつわる「ちょっといい話」スペシャル

写真家・鋤田正義 写真とロックを語る

今回のゲスト

鋤田正義さん

鋤田正義(すきた まさよし):1938年、福岡県生まれ。広告、ファッション、音楽、映画など、多岐にわたって写真を撮っている。デヴィッド・ボウイの写真集『BOWIE×SUKITA Speed of Life 生命の速度』をイギリスから出版したほか、『氣』『T.REX 1972』『YELLOW MAGIC ORCHESTRA×SUKITA』『SOUL忌野清志郎』など数々の写真集を出している。また、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、アメリカ、オーストラリアなど世界各地で写真展を開催している。

日本を代表する写真家の鋤田正義。マーク・ボラン、デヴィッド・ボウイ、YMO、忌野清志郎ら 時代の寵児を写真に収めてきたことで知られ、また、マーク・ボランがギターを弾く1枚の 写真を見て、その衝撃から布袋寅泰がギターを手にした、というのも有名なエピソードだ。 その鋤田正義の創作活動から人柄までを追ったドキュメンタリー映画 『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』が、2018年5月より全国ロードショーとなる。 その“主演”でもある鋤田正義に、写真とロックについて話を聞いた。 若きミュージシャンや若きフォトグラファーなど、クリエイターたちの刺激になれば幸いだ。

こちらが五分の指示を出して、半分は被写体側が自分で動いてくれる。それが一番公平で、うまくいく。

 髪をなびかせながらギターを弾く、T.REXのマーク・ボランを正面からとらえた写真。スタイリッシュでありながら、今にもT.REXのブギーサウンドとシャウトが聴こえてきそうな迫力に満ちた1枚。映画に登場する布袋寅泰は、地元のレコード店に貼ってあった、この写真のポスターを偶然目にしてロックに魅了され、ギターを始めたと告白する。
 撮影者は鋤田正義さん。鋤田さんは1972年、メンズファッションの広告の仕事で培った技量、ジャズ喫茶やコンサートに足を運び身につけた音楽に対する反射神経を武器に、デヴィッド・ボウイやT.REXとのフォトセッションを次々に実現。その作品を見た日本のミュージシャンからもオファーが届くようになり、“ロック写真”という未知のジャンルを切り開いた。先駆者でありなから、現在も第一線で写真を撮り続けている鋤田さんに、写真とロックの関係を聞く。

鋤田正義さん

カメラを持っていると完全に自分の眼がレンズに同化している感覚になります。

ずっと意識してきたのは“話す”より“見る”ことなんです

今回の映画では、被写体となったアーティストをはじめ、数多くの人たちの証言が丹念に集められ、ご自身もこれまで写真家としてたどった経緯や今後のことをカメラの前で語っています。写真・映像だけではなく、言葉もあふれた内容になっていますが、映画の話を引き受けたのは、どんなお気持ちからだったのでしょうか。

 僕は来年(2018年)80才なんです。この歳になると、もう残りの時間が少ないので(笑)、自分を見つめ直すこともあります。昔から僕は、自分は人前で話すことに向いていないと思っていました。30代のときにテレビ番組の『11PM』に、加納典明や沢渡(朔)さんと一緒に出たことがありましたが、ちょうどその頃、寺山修司さんのところに「『11PM』の司会をやらないか」という話が来たそうなんです。寺山さんは断ったらしいんですよ。僕が「なぜ断ったんですか」と質問したら、一言さらっと「人には向き不向きがあるからね」と(笑)。それを聞いて以来、寺山さんほどの人が向いていないなら、自分にはとても無理だと思いました。でも、歳を重ねていくと自分の作品について何かを語らなくちゃいけない機会も増えていくし、やっぱり言葉も大切だなと思い始めたんです。そんなときにデヴィッド・ボウイが亡くなったこと(2016年1月10日)をきっかけに、2つほど映画の話が来ました。ひとつはボウイとの関わりを中心にした企画でしたが、もうひとつの相原さん(本作の相原裕美監督)からのお話はもっと幅広い内容だったこともあり、自然の流れで実現した感じです。

写真を始めた頃に撮った母親の写真。すでにアート性がにじんでいることがわかる。

写真を始めた頃に撮った母親の写真。すでにアート性がにじんでいることがわかる。
(c)All the photos by SUKITA. All rights reserved

確かに“作品を撮る”のと“作品を語る”のでは、求められる才能が違いますからね。

 僕がずっと意識してきたのは“話す”より“見る”ことなんです。実家(福岡県直方市)は古町商店街で化粧品や雑貨の店をやっていたのですが、子供の頃から店番をさせられていました。そのとき僕は、ずっと商店街の人の流れを観察していたんです。今でも福岡へ帰る新幹線のなかで、窓側の席で流れる景色を無意識に視線で追っています。東京で街を歩いているときも、手ぶらであればそんなことはないですけれど、カメラを持っていると完全に自分の眼がレンズに同化している感覚になります。一度専門家の方に尋ねてみたいんですよ。人間の物を見る感覚は肉体的に何才くらいまで変わらずにいられるのか。とにかく“見る”ことをこれからも大事にしていきたいと思います。

少年時代から自主的に写真家になるための訓練をしていたようなものですね。

 お金がないので写真雑誌を立ち読みしたりはしていましたが、一番影響を受けたのは映画でしょうね。1950年代、高校2〜3年生の頃、ハリウッド映画も一気に公開されるようになりましたし、ロシアの『イワン雷帝』とか渋いアート系のヨーロッパ映画も2本立てで上映されていました。僕はどちらもこだわりなく観ていたんです。福岡の映画館まで50キロ、自転車に乗って山を越えて行っていましたから、そのぶんお金が浮くので、1本余計に観たりして。

デヴィッド・ボウイは40年以上撮り続けた。このときのコスチュームは山本寛斎。

デヴィッド・ボウイは40年以上撮り続けた。このときのコスチュームは山本寛斎。
(c)All the photos by SUKITA. All rights reserved

すごいバイタリティです。

 そして、家に帰ったら観てきた映画のことをノートに記録していましたね。まるで日記のように。監督の名前なんかを書くだけではなく、シネマスコープかスーパースコープかを書き留めたり、「パラマウントのビスタビジョンは〜」とかそんなことまで記していました。時代が表れていますよね(笑)。そういえば手作りでスクリーンの縦横の比率に合わせたフレームを用意して、映画館に持っていっていました。それを実際の映画館のスクリーンと合わせてみて、「シネマスコープは○:○:○なのに、このスクリーンはちょっとサイズが合っていないな」とかうるさかったですね(笑)。

僕はそれまでボウイのことをまったく知らなかったんですが直感で“撮りたい”と思った

鋤田さんがロックミュージシャンを撮影するようになったのは、T.REXやデヴィッド・ボウイを撮影した作品が大きな話題になり、それを見た日本のミュージシャンたちからもオファーが届くようになったという経緯ですが、改めて最初にT.REXやボウイとのフォトセッションが実現したきっかけを教えてください

このT.REXのマーク・ボランの1枚の写真が、布袋寅泰にギターを持たせた。

このT.REXのマーク・ボランの1枚の写真が、布袋寅泰にギターを持たせた。
(c)All the photos by SUKITA. All rights reserved

 僕は大広という大阪の広告代理店で写真の仕事を始めて、その後、東京の制作会社でメンズファッションの広告を撮るようになりました。JAZZというブランドだったんですが、それでADC賞(東京アートディレクターズクラブ開催)を受賞しました。同じタイミングで音楽雑誌の『ミュージック・ライフ』に載ったT.REXのマーク・ボランの写真を見て驚いたんです。お化粧をして、こんなきれいな男性ミュージシャンがいるのかと。それでまず1970年、71年の2回、アンディ・ウォーホルが話題になっていたニューヨークに行き、ルー・リードがいたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのライブを観ました。次は1972年にロンドン。その頃はフリーになっていましたから、仕事というより、勝手に自分でT.REX を撮ろうと決めて。それでT.REX側にメンズファッションの広告をまとめたポートフォリオを見せたら、スタジオで撮影できるという異例のOKが出たんです。撮影が始まるとマーク・ボランとミッキー・フィンがノリだして、楽器や機材をスタジオに持ち込んでセッションをやり始めました。あとで気がついたんですが、アメリカツアーが控えていたので、リハーサルも兼ねていたんでしょうね。2人には写真を撮られているという意識がありませんでしたから。だから自然な表情が収められて、撮影が成功したのだと思います。

YMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』のジャケットにもなった写真。

YMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』のジャケットにもなった写真。
(c)All the photos by SUKITA. All rights reserved

それであの臨場感のある写真になったんですね。

 そして、その直後に晩飯を食べにキングスロードを歩いていたら、足を上げているデヴィッド・ボウイの『世界を売った男』のポスターがあった。僕はそれまでボウイのことをまったく知らなかったんですが、直感で“撮りたい”と思った。調べてみたら、たまたまロンドンでルー・リードとのジョイントコンサートがあることがわかって観に行って、すぐにポートフォリオをマネージャーに見せたら、OKが出て2〜3時間のフォトセッションが実現したんです。まあ、運がいいというか、自分の直感を信じて行動して良かったと思いますね。

海外のコンサート会場で撮影をしていると、客席から「スキーター!」と声がかかったり

被写体がミュージシャンである場合、俳優やモデルとの違いはありますか?

鋤田正義さん

撮影が始まるとマーク・ボランとミッキー・フィンがノリだして、セッションをやり始めたんです。

 広告の仕事で、演技力もある有名な俳優を撮ったとき、彼はずっと動かなかったんで す。広告代理店の人が描いたラフスケッチ通りのポーズしかとらない。彼としては代理店が希望する設定を忠実に守っているだけなんですが、撮る側からすればもう少しアドリブというか、いろいろな動きをしてみてもいいんじゃないかと正直思いました。ミュージシャンの場合は五分五分で撮れる場合が多いんです。こちらが五分の指示を出して、半分は被写体のミュージシャン側が自分で動いてくれる。それが一番公平で、うまくいく。僕のなかにも考えている設定はあるんですけれど、人によって設定に対してどう動くかは違いがありますからね。大きく動く人もいれば、わりと小さくしか動かない人もいる。その動きに合った撮り方をします。

ミュージシャンによって、撮影時のかけ引きみたいなものは違いが出てくるのでしょうか。

 デヴィッド・ボウイは40数年のつきあいのなかで変化がありましたね。ジギー・スターダスト時代は彼も宇宙人のキャラクターになりきっているし、こちらも山本寛斎さんのド派手な衣装を用意して、赤バックとか極端な色合いを使って撮影するわけです。1977年にイギー・ポップと一緒に日本に来て、『ヒーローズ』のジャケットになる写真の撮影をしたときは全然違う。衣装は革ジャンを羽織るだけ。あとは彼が自然に動いていく姿をシンプルに撮りました。

忌野清志郎も撮り続け、2012年には写真集『SOUL忌野清志郎』を出版している。

忌野清志郎も撮り続け、2012年には写真集『SOUL忌野清志郎』を出版している。
(c)All the photos by SUKITA. All rights reserved

忌野清志郎さんとの撮影では、いかがでしたか。

 清志郎さんの場合はドキュメンタリーでしたので、彼がとにかく自由に旅をしている姿を、こちらはちょっと引いた視線で記録していきましたが、次第に彼も感じてくるんですよね。“ああ、こんな表情や動きを鋤田さんは撮りたいんだな”と気がつくんです。サービス精神とはいかないまでも、旅の同行者である僕に合わせてくれました。

映画のなかでは海外で開催された写真展の様子も登場しますが、海外にも熱心な鋤田ファンがいることを知り、誇らしい気持ちになりました。

 前の晩、ホテルでサインをもらえなかったからと、飛行場まで会いに来る人もいて驚きました。海外のコンサート会場で、イギー・ポップの撮影をしていると、客席から「スキーター!」と声がかかったり(笑)。本当にありがたいと思いますね。

text:君塚 太 photo:小松陽祐(ODD JOB LTD.)

映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』></p>
<p class=(c)2018「SUKITA」パートナーズ

映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』

2018年5月19日(土)より新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

写真家・鋤田正義、初のドキュメンタリー映画。自身のインタビューや創作活動を追った映像に加え、布袋寅泰やYMOのメンバーら多数のアーティストやクリエイターが登場し、鋤田正義の偉大さを証言。そのルーツや、飽くなき探究心、そして優しい人柄までもが見えてくる、未来を担うクリエイター必見の115分だ。
出演:鋤田正義、布袋寅泰、ジム・ジャームッシュ、山本寛斎、永瀬正敏、糸井重里、リリー・フランキー、クリス・トーマス、ポール・スミス、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、MIYAVI、PANTA、アキマ・ツネオ、是枝裕和、箭内道彦、立川直樹、高橋靖子 ほか
監督:相原裕美
配給:パラダイス・カフェ フィルムズ

http://sukita-movie.com/

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