ライブハウス店長インタビュー

vol.48 台北 月見ル君想フ 寺尾ブッタさん

vol.48 台北 月見ル君想フ 寺尾ブッタさん

2014年にオープンした、青山にあるライブハウス月見ル君想フの台北支店。東京と行き来きしながら、シーンを活性化させたいという寺尾オーナーに、台湾でライブハウスを運営する意義をうかがった。興味のある方はぜひ一度訪れてみては。

text:野中ミサキ(NaNo.works) photo:佐々木康太(Iris.)

台湾に面白い音楽シーンがあることは知っていたし、
ブッキング魂に火がついたというか。覚悟して、現地で拠点を作ろうと。

現地の方に協力を仰いで クラムボンの台湾公演を

様々なバンドのツアーマネージャーとして国内外を飛びまわるなど、ライブハウスオーナーの域を出て活躍されていらっしゃいますが、まずは月見ル君想フでの経歴から教えていただけますか?

青山店が2年目のタイミングで、既存スタッフの紹介でブッキング担当として入って、その何年かあとに店長を任されて。それから2013年に当時のオーナーから月見ル君想フとして独立させていただけるお話をいただいて独立したあとに、2014年に台北店をオープンさせて、今に至るという感じです。

台北に出店するという構想は、いつ頃からあったんですか?

台湾に通いだしたのが2012年くらい。その時点で、現地で何かやりたいっていうのは念頭にありました。その前から台湾に面白い音楽シーンがあることは知っていたし、青山店にバンドを招致したりもしていて。実際、構想からオープンに至るまでの期間としてはかなり短かったですね。オラオラー!って感じで、後ろは振り向かなかったです。

すでに台湾のシーンとのつながりもできていたんですね。

そうですね。いかんせん台湾の音楽シーンは狭いので、現地のライブハウスをチェックしているうちに知り合いも増えて。そのうちにブッキング魂に火がついたというか。それで、現地の方に協力を仰いで2012年のうちにイベントをやったんですよね。クラムボンの台湾公演だったんですけど、初めてやるっていうことで学んだものがすごく大きくて。そこでさらに勢いが加速しましたね。

それは、手応えを感じて?

自分としては、もどかしさとか難しさをすごい感じて。東京でやるのと同じようにはいかないというのは承知のうえで、それでもちゃんと自分が東京でやってきたことや、自分たちがこれは面白いぞと思うことを台湾の人たちにもっと伝えたかったですね。なので、台湾でもイベンターとしてしっかりやってくぞと覚悟して。それを考えたときに、“外から来てイベントをやります!”っていうのは絶対無理だというのが明らかだったので、現地で拠点を作ろうと。

メインのカレーは誰が言ったか 台北一。味は確かです

とはいえ、一筋縄ではいきませんよね。

僕もちょっと難しいんじゃないかって正直思っていました。実際にイメージに近い現地のハコの経営を調べていくと、そんなに簡単じゃないよなあって感じて。まず、向こうのライブハウスって毎日営業しているわけじゃないんですよね。“これ、どうやって食ってるんだろう…”なんて思いながら、こっちの目線でいろいろ調べて、とりあえず事務所を借りて会社登記して現地法人を作ったんです。そこからちょこちょこイベントをやって、お店ができる方向性を探していったっていう感じです。大変でしたけど楽しかったですよ。台湾の人って目的に向かってどストレートに進んでいくんです。石橋を叩かないし、トライすることに寛容。僕はそこに影響を受けて、とりあえずそのマインドで突き進んで、お店を作るのも進めてみようと。興奮状態でした。今はもう冷めちゃいましたけどね(笑)。

実際台北店にお邪魔しましたが、本格的なレストランの地下にライブフロアがあって、隠れ家みたいですごくワクワクしました。

メインのカレーは、誰が言ったか台北一。味は確かなので、台湾でスパイスカレーというのも面白いんじゃないかと。ライブフロアに関しては、まだ研究の余地があると思うんですけど、バンドでドカーンっていう音が出せないのでアコースティックライブハウスとして営業していて。理想は、レストランの食文化とライブイベントがクロスオーバーすること。“ご飯を食べながら音楽で盛り上がるみたいな場所にしたいなあ”とは当初から思っていましたね。

台北 月見ル君想フ 寺尾ブッタさん

サーキットフェスをやったのは 台湾で初の試みだったと思う

海外に支店を持つライブハウスはそう多くないと思いますが、2ヶ国で運営していることの利点や気づきってどんな点でしょう?

自分が携わっているのはインディーズのものが多いんですけど、やっていることも考え方もワールドスタンダード化されているというか。“台湾と日本”っていう縛りもないし、アジアで縛る必要もないくらい。いくらでも外の世界とつながれていると思うんです。そこに国をまたいで拠点があるとメリットは無限大ですよね。

なるほど。

それと、東京だと日常にライブとか音楽が身近にあるけど、台湾はまだそういう感じがなくて。うちも毎日営業しているわけじゃないですけど、そういうきっかけを作りたいなとは思っていて。それでひとつ、店のあるストリートのカフェとか雑貨屋をステージにして、サーキットフェスを3年続けてやってみました。日本ではよくやってるけど、台湾で初の試みだったと思いますね。そういう日本式のやり方を応用して、促進できればなと。そのイベントは、またやりたいなって思ってます。

店で完結ではなく、周りを巻き込んで環境を作っていっているんですね。現在の台北音楽シーンはどんな雰囲気ですか?

ここ数年は日本の80年代シティポップのリバイバルが盛り上がっていて。台湾だけじゃなくて世界的に人気が高いですね。今までで一番大きい波かもしれないですよ、日本の音楽史において。台湾なんかは80年代当時の日本のシティポップをそのままオマージュして自分たちでもやっていて。なので、台湾にも“懐メロシティポップ”があるんですよ。それをDJでかけるのも流行ってるし、今だと台湾の落日飛車ってバンドがすごく人気で。

落日飛車は今年“FUJI ROCK FESTIVAL”に出演したことで話題になりましたね。

落日飛車も自分たちで事務所を運営しながら世界のフェスにどんどんブッキングされているし、いわゆるプロモーション的な予算もなしで、音楽と、いわゆる口コミでここまできてるっていうのが今っぽいなって思っていて。さっきも言った、インディーズのレベルでは世界全体でつながっているということの証明だと思います。そこも期待したいですよね。

ロマンがありますよね。

めちゃめちゃありますよね。こんなやり方でもバンドは食っていけるっていうのを日本の方たちにも提示できたら面白いなって思います。

日本のミュージシャンが海外へ 進出する後押しをできたら

そういったことも加味して、今後のビジョンはありますか?

台北店のこの規模感で面白いことをポンってやるのが街としても面白いなと思うので、わりと定期的にイベントをやって活性化させていきたいなと思いますね。自分としては、シーン同士をかき混ぜたりつなげたりするっていうのをしばらくやって、日本のミュージシャンが海外へ進出する後押しをできたらいいなとは特に最近思っています。

規模とロマンを広げる役割ですね。

台湾の音楽産業も日本よりスタートが遅かった部分もあるし、これからどんどん世代交代しつつ、そこでレンジが広がれば、もっと未来があるのかなって。ミュージシャンが長く続けられたり、新しい仕事が生まれたり。そこがもうちょっと豊かになっていけばいいなと思いますし、自然にそうなると思いますし。今は、その積み重ねの途中にいるっていうだけだと思いますけどね。

台北 月見ル君想フ

台北 月見ル君想フ

台北市大安區潮州街102號
02-2391-0299

2004年10月に開店した青山「月見ル君想フ」の台北支店として、青山店で店長をしていた寺尾さんが独立する形で2014年12月にオープン。キャパシティは座りで約80人。

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