音楽にまつわる「ちょっといい話」

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第37回 日本の音楽映像を黎明期から支えた人[映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』監督]

今回のゲスト

今回のゲスト

相原裕美さん

(コネクツ合同会社代表)
1960年、神奈川県生まれ。ビクタースタジオでレコーディングエンジニアを経験後、1985年にビクターのビデオ制作室に移動し、映像プロデューサーとしてサザンオールスターズ、ARB、Cocco、斉藤和義などを手掛ける。2004年に同社映像制作部を設立し、部長に。同部署で映画『青春☆金属バット』などを手掛ける。2010年に独立し、コネクツ合同会社を設立。2018年公開の映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』では自ら初監督も務める。

 2018年5月より全国ロードショー公開された『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』。この映画を監督したのが今回のゲスト、相原裕美さんだ。
 もともとビクタースタジオのレコーディングエンジニアだったが、その後、映像関連の部署に移り、ミュージックビデオ黎明期から数々のアーティストのMVや映像作品を演出・プロデュース。そのなかで岩井俊二さんや下山天さんらを発掘もしている。
 その後、映画の世界にも参入し、数々の作品を手掛け、2010年に独立。クリープハイプやTHE BACK HORNなどの映画をプロデュースし、そして前述の『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』が、劇場用映画としては初めての監督作品となる。
 世界的に有名な写真家、鋤田正義さんの過去から未来までを追ったドキュメンタリーである同映画も面白いが、相原さんのキャリアもまたユニークで、その人なつっこさも含め、たくさんの人に愛されている。今回はその相原さんにスポットをあてた。

MV黎明期、岩井俊二初監督の桑田佳祐のMVがお蔵入りに

 まずは、レコーディングエンジニアだった相原さんが、なぜ映像の世界に参入していったのか、そこから振り返っていただいた。

レコーディングエンジニアから映像のほうに移っていった経緯を教えてください。

簡単に言うと、VHD(ビデオディスク)ってあったじゃないですか。VHDはビクターの規格だったので、当時ビデオソフト制作室というセクションができたんですよ。そこに行かせてもらおうと思って。その前に、ビクタースタジオでMAのような作業、要はVHDになるときの音声のマスタリングをやっていたんです。それで映像が面白くなって、そういうセクションができたっていうので、当時のスタジオ長にお願いして異動させてもらいました。

要は、音のほうから映像の面白みを知った、音が好きだからこそ映像の仕事にのめり込んだということですね。

そうですね。もともと映画が好きだったりとかそういうことではなかったんです。

今でこそPVがMVと呼ばれ映像を作るのが当たり前になっていますけど、その当時はまだ手探りの時代でしたよね。

井出情児さんとか、ミュージックビデオの監督は本当に限られた人しかいませんでした。だから若い監督を見つけては一緒にやっていました。岩井俊二くんも、たまたま僕の知り合いが仲良くて、大学出てぶらぶらしてる若くて8mm撮ってる面白い奴がいるからちょっと使ってみないかって話になって。8mm作品を見せてもらったら、面白かったんです。それで桑田(佳祐)さんの「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」(1988年)という曲のミュージックビデオを撮ってもらって。それが岩井俊二くんの一番最初のギャラのある仕事だったという(笑)。

その時代のエピソードを教えていただけますか? もちろん書ける範囲で(笑)。

これ書けるかわからないですけど、とりあえず言いますね(笑)。その「いつか何処かで」で、彼の8mmの作風が好きだったのでそれを半分くらい入れてもいいよって話で作ったんですけど。桑田さんが出ないイメージシーンで、浜辺で傘を持って女子高生が踊るシーンとか、男子高生が泣きながら走るシーンとか、そういうシーンもいっぱい入っているんですが、それを見た当時の宣伝スタッフが、これはあかんって言って、それでボツになったんです。

なんでダメだったんでしょう?

いや〜、メジャーっぽくなかったんでしょうね。それでお蔵入りになったんですけど、2002年に『D.V.D. WONDER WEAR 桑田佳祐ビデオクリップス2001〜2002』という桑田さんのソロクリップ集が発売されるとき、それに入れようって話になって。それで、桑田さんに見せたら「これいいじゃん」って話になって(笑)。

いや、それいい話じゃないですか!

ははは。じゃあ書いて大丈夫です(笑)。

トークショー後、鋤田さんが「出待ちしよう」って言って

 その後、2004年にビクター内に映像制作部を立ち上げ、映画の世界にも参入。そして2010年に独立し、クリエイターを結びつけ化学反応を起こすべく、コネクツを設立。ロンドンのデザイン集団tomatoのサイモン・テイラーとHeavenstampを組み合わせたり、松居大悟×クリープハイプの映画『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(2013年公開)、熊切和嘉×THE BACK HORNの映画『光の音色-THE BACK HORN Film-』(2014年公開)などを送り出し、そして2018年、『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』で自身も初めて映画監督に挑戦した。

鋤田さんの映画を撮るにあたって、ご本人にはどういう提案を?

鋤田さんの過去、現在の仕事、そして未来に考えていること――もうそのとき鋤田さんは78才だったんですけども(笑)、その3つのことを映画にしたいんですって言って。それで、わかったって話になったんです。映画を観てもらうとわかりますが、過去のものを中心にというよりは、どちらかというと過去の仕事と今の仕事を並走させている内容になっています。

制作で特に大変だったのはどんなことでしょうか?

いや、全部大変でしたけど(笑)。一番大変だったのは、うーん…どっちが面白いんだろうな(笑)、2つあるんですけど、2つとも話しちゃうと(笑)、ひとつは(ジム・)ジャームッシュのインタビューはやはり大変でしたね。2016年の11月くらいで、アメリカで『ギミー・デンジャー』がちょうど公開間近だったんです。マネージャーからはメールで、とにかく忙しいから難しいっていう返事しかこなくて。でも、ほかに坂本龍一さんのインタビューもあったし、とりあえずニューヨークに行くことは行きましょうと。そうしたら、ちょうどたまたま『ニューヨークタイムス』主催で『ギミー・デンジャー』のトークショーがあったんですよ、イギー・ポップとジャームッシュの。じゃあそれに行こうって言って、普通にチケットを買って観客として観に行って。で、終わったあとに鋤田さんが、「じゃあ出待ちしよう」と。

それ、鋤田さんがデヴィッド・ボウイのライブ会場に飛び込みでポートフォリオを持っていったときと同じような手法じゃないですか(笑)。

そう(笑)。で、しばらくしたらジャームッシュが出てきて、鋤田さんを見つけたらもうハグで。「オー! 鋤田さん!」って。「さん」って言うんですよ、ちゃんと。

「ミスター」じゃなく、日本語で。

それで、話は聞いているからなんとかスケジュール出すよって。そしたら翌日にメールが来て、スケジュールが出たんです。

それ、むしろいい話です!

あははは。あともうひとつは、楽曲の権利クリアですね。シンクロの。デヴィッド・ボウイの4曲とか。その交渉にすごく時間がかかりましたから。

クリエイティブを目指す人には熱意をもってやってほしい

 映画を手掛けるときに一番大事にしているのは「メッセージ性」だという相原さん。では、映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』で何を一番メッセージしたかったのか、ズバリそこを尋ねた。

この映画を通して、相原さんがもっとも伝えたかったことというと何でしょう?

今はメールだったりSNSだったりいろんな手段があるじゃないですか。当時ファクスもない時代なのに、たとえば“T.レックスいいな、撮りたいな”と思ってロンドンに行って、いきなりポートフォリオを見せるっていうあの熱意と行動力はすごいですよね。今いろんなものがあって楽になっているけど、やっぱりクリエイターとかクリエイティブを目指す人にはそのぐらいの勢いでやってほしいというのはすごくありますね。

今後も映画を自分で撮りたいなという気持ちはあるんですか?

ええ、今も企画が2つ動いています。ひとつはプロデュースの仕事でまだ本当に初期段階なんです。もうひとつは自分でまた監督するものがあって。それもやっぱり音楽がらみなんですけど、来年早々に撮影が始まります。ドキュメントなんです。音楽スタジオのドキュメント。これ以上のことはまだ言えませんが(笑)。

自分が監督する場合は音楽関係のものでというのがあるんですかね。

っていうか、それしかできないから(笑)。だって劇映画だったら優秀な監督はいっぱいいるじゃないですか。ただ、音楽映画で優秀な監督はあまり見たことないから、がんばろうかなと。

 日本の音楽アーティストのMVやライブ映像を黎明期から支え、プロデュースした桑田佳祐「東京」(信藤三雄演出、リリー・フランキー脚本)が“2003年スペースシャワーミュージックアワード”で“ベスト・ビデオ・オブ・ジ・イヤー”を受賞するなど輝かしい経歴のある相原さんだが、冗談や笑い話を交えながら、ずーっと笑顔で、楽しそうに話をしていたのが印象的だった。相原さんが音楽業界、映画業界問わず、いろいろな人に愛されている理由は、会えばわかる、そんなこともつけ加えておきたい。

text:吉田幸司

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』

デヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、YMO、忌野清志郎ら数々のスーパースターを撮ってきた写真家、鋤田正義さんの初のドキュメンタリー映画のブルーレイとDVDが、12月4日に発売された。同氏のインタビューや創作活動を追った映像に加え、布袋寅泰やYMOのメンバー、ジム・ジャームッシュら多数のアーティストやクリエイターも登場。特製デジパックケース仕様、ブックレット、映像特典付き。また、映画公開後のCorneliusの最新写真を含む10枚のポストカードも封入。

『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』
発売・販売元:ハピネット
品番:BIXJ-0281(Blu-ray)、BIBJ-3300(DVD)
分数:115分+映像特典
発売中

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