音楽未来

2018.10.19

INTERVIEW

TRICERATOPS

vol.45 和田 唱 TRICERATOPS
-21年目のソロデビュー-

ちょっと変わった始まり方をしたが、 デビューから21年もの間、一度のメンバーチェンジもなく、 ずっと正真正銘のスリーピースで活動しているTRICERATOPS。 そのボーカル&ギターの和田唱が、デビュー21年目にして 初のソロ活動を開始した。そんな折りに、バンドのこと、ソロのこと、 そしてマネージメントのことを含め、21年の軌跡を聞いた。

text:長谷川 誠

 1997年にTRICERATOPSがメジャーデビューして21年が経った。3人で楽曲を操り、サポートメンバーを入れることなく、スリーピースでここまでコンスタントに活動を展開してきたバンドはそうはいない。3人しかいないのではなくて、3人もいると思わせる確かな技術と創意工夫と幅広いジャンルの音楽を取り入れた豊かな音楽的背景が彼らの音楽を唯一無二のものにしている。
 21年目の今年、和田唱はソロ活動をスタートさせて、10月24日にはファーストソロアルバム『地球 東京 僕の部屋』をリリースし、さらに1人きりのツアー“一人宇宙旅行”も11月2日からスタートする予定だ。全曲、弦以外すべての楽器を自分で演奏している。バンドとはまた違うパーソナルな世界はナイーブでみずみずしくて新鮮だ。
 デビュー以来、ここまででいかに自分たちのペースで独自の活動を展開するに至ったのか。マネージメントとの関わりも含めて、21年の軌跡を和田に振り返ってもらった。

自分の憧れのバンドに当てはめると、 オリジナルメンバーで いてくれるとうれしいんですよ。

下積み時代がないゆえの葛藤

21才でTRICERATOPSでバンドでデビューして、今年、42才でソロデビューすることになりました。21年周期になりますが、バンドを組む前からマネージメントとの関係があったんですか?

そうですね。2人(林幸治と吉田佳史)と会った時点ではすでに最初のプロダクションのバックアップが約束されている状況でした。当時は“あれ? ずいぶん話が大きくなってるぞ”的な感覚があって、戸惑いはありましたね。まだ10代で、下積みもなく、ビートルズにおけるハンブルグ時代みたいなものもなかったし、なによりバンドがなかったので。

プロダクションと契約するに至った経緯は?

うちの親父(和田誠氏)が装丁や挿絵などで関わった本の100冊記念のパーティがあったんですよ。そこで親父の友達のジャズバンドが演奏することになっていて、俺も1曲、演奏することになってしまいまして。俺は当時、高校3年だったんですが、ビートルズもエリック・クラプトンも大好きで、いつもギターを弾いていたので。ただ、人前で演奏したことはないし、まして親父の知り合いがいっぱいいるなかで演奏するなんて嫌だったので、最初は断ったんですが、親父の友達から強引に誘われて、母親にも「絶対にやったほうがいい」と言われて押し切られて、クラプトンがカバーしているブルースをやりました。そのとき、プロダクションの代表がいらしていて、会が終わったら、母親のところに来て、「ぜひうちでやらせてほしい」ということになりました。ただ、それから“たじろぎ期間”が2年くらいありました。バンドも組んだことのない自分を事務所がバックアップしてくれるって、“何、それ?”って。でも音楽的な変な自信だけはあって、アンバランスな葛藤が2年くらい続くなかで曲作りを始めました。

その後、林さん、吉田さんとプロダクションを通じて知り合って、バンドを結成したわけですね。

自分のなかではバンドって、クラスメートか先輩か後輩か、隣町の友人と組んで、ハンブルグ時代を経て、デビューするのが理想だったので、しばらくはその経緯を人に言うのが恥ずかしかったですね。

以前、林さんも同じことを言ってました。バンドは友達同士で組むのが理想だったので、TRICERATOPS結成当初はコンプレックスがあったけど、その後、本当の友達になって、解消したと。

確かに俺もそうでしたね。

和田 唱

TRICERATOPSがシングル「Raspberry」でメジャーデビューしたのは1997年7月。1996年2月の結成から1年5ヶ月でのメジャーデビューは、当時としては異例の早さだった。

自分のなかではバンドって、クラスメートか 先輩か後輩か、隣町の友人と組んで、ハンブルグ時代 を経て、デビューするのが理想だったので。

イメージとのギャップに苛立ちを

メジャーデビューが決まったときはどんな気持ちでしたか?

変な自信はあったし、バンドでデビューしたかったので、願いがかなったのかなとは思いました。ビートルズも4人だし、4人が良かったんですが、いいメンバーが見つからず、3人組はポリス、クリームとクールなバンドばかりだし、それはそれで悪くないなって(笑)。ギターを弾きながら歌も歌わなきゃいけないのは俺の負担が大きすぎるな、いずれセカンドギタリストを入れたいなと思ってました。

いつ頃までそう思っていたんですか?

今でもずっと思ってます(笑)。憧れとして持っているのもいいかなと。ジャケットを作るにしても4分割できるから、デザインしやすいですしね(笑)。

聴く側としてはスリーピースだからこその創意工夫が楽しいなと思います。

その工夫の21年間ですよね。3人だと大変だという気持ちとともに、そこを感じさせまいとする気迫は持ち続けていたい。

デビュー当初はバンドの実態とパブリックイメージとのギャップへの苛立ちを感じているように見えました。

それはありましたね。90年代末って、ネットが普及し始めて、2ちゃんねるみたいなサイトが出てきた時期で、つい目にしてしまうと、「大人の息がかかってる」とか「ロックバンドにあるまじき背景を持ってる」とか、そんなことばっか書いてある。たぶん、俺たちがネットで叩かれた先駆者ですね(笑)。

最初から大きな動きをしていたゆえのメリットとデメリットがありそうですね。

テレビ出演が嫌でしたね。反抗期みたいな感じ。当時のマネージャーが、あるお笑いグループと共演する番組を取ってきたときも、話を聞いた瞬間に「やるわけないじゃないですか。話をおろす前に断ってください」と怒りをぶつけてしまった。今思えば、若造の俺らが偉そうに言って、すみませんと謝りたいですね。あの当時は常にそんな感じで、すべてが空回りしてました。

でも作品も評価され、知名度も上がり、1999年には武道館公演も成功させています。

その当時、バンド内の状況は良くなかったんですよ。セカンドアルバム(1998年の『THE GREAT SKELETON'S MUSIC GUIDE BOOK』)あたりから、世間から注目を集めるようになって、いろんなことが純粋でなくなってしまった。林も取材や行事に平気で遅刻してくるようになった。ライターさんがイライラしてるのも伝わるし、レコード会社の人もマネージャーもキレているし、常に誰かがキレている状態で、かなりストレスでした。俺自身も3枚目(1999年の『A FILM ABOUT THE BLUES』)くらいからカッコつけモードに入ってしまった。俺らも子供だったし、マネージメントとレコード会社の意思の疎通もできてなかったんだと思います。取材に行くと、やたらと人がいっぱいいたりして、成功を純粋に感謝できない自分たちがいました。今とは全然違いますね。学びですよ。あの状況を体験したから、いろんなことがわかってきて、今がありますね。

そうした状況を脱したきっかけは?

あまりいい脱し方ではなかったんですが、マネージメントの提案に対して、ことごとく「嫌だ、嫌だ」と言っていたら、当時の社長が力を貸してくださり今の事務所の原型ができたんですよ。今思えば、こちらがマネージメントの提案に対応できない未熟者だったんだなとわかりますし、申し訳なかった気持ちはあります。

和田 唱

2002年にはレーベルをエピックからビクターへ移籍(2008年にはtear bridge recordsへ移籍)。TRICERATOPSの第2章とも言え、バンド感がグッと増した。

ライブも細かくまわるようになって、下積み時代の 始まりですね。いよいよロックバンド的になった(笑)。 武道館が終わって、本当のバンドの姿が始まりました。

遅れて来た“下積み時代”

新しい環境でスタートを切って、ストレスは解消されたのですか?

ちょうどその頃にレコード会社もエピックからビクターに移籍したんですが、そこで下積みがないままデビューしたツケがまわってきたことを感じました。ライブ会場の規模も落として、細かくまわるようになって、本数もたくさんやるようになり、下積み時代の始まりですね。いよいよロックバンド的になった(笑)。佳史の家に集まって、3人でデモテープを作るようになったり、アルバム『DAWN WORLD』(2002年)の頃は音楽を作る楽しさを取り戻せて、楽しかったですね。

バンドの原点に戻ったと?

まさに原点に戻った感じですね。武道館が終わって、本当のバンドの姿が始まりました。バンド内の状況も段階を踏んで良くなっていった。林は相当な大器晩成だと思いますよ。今、すごくいい。もっともっとすごくなると思います。

デビューして21年、同じメンバーで活動を続けているのはすごいことですよね。ここまで続けてきた原動力は?

もともとバンドに憧れを持っていたってことが大きいですよね。バンドを大事にしたい気持ちが人一倍強い。自分の憧れのバンドに当てはめると、オリジナルメンバーでいてくれるとうれしいんですよ。いくら演奏がよれよれだろうが、いくらおじいさんになっていようが、オリジナルメンバーでステージに立ってくれてるだけで独特のありがたみがある。だからそういうお客さんの気持ちが理解できるし、もともとそういう気持ちが強い。その感じは3人ともに共通している気がしますね。

外部から見ていても、そう感じます。

もうひとつ、大きいのはファンの人たちが喜んでくれるってことですね。3人だけでステージに立つことで、エネルギーをもらえるみたいで、すごい喜んでくれるんですよ。こんな俺たちの存在によって、明日もがんばろうと思ってくれる人がいるんだから、俺らも捨てたもんじゃないな、がんばらなきゃなって思いますね。今の体制ですごくいいのは、ファンの人たちが事務所の人間の顔が全員わかるくらいの少人数体制で、ファンの人たちから好かれているところなんですよ。コアなファンの人たちは事務所の雰囲気も含めて好きみたいですね。

和田 唱

昨年、メジャーデビュー20周年を迎えたTRICERATOPS。オリジナルメンバーで20年以上続けているスリーピースバンドというのも、おそらく珍しいはず。

マネージメントに求めるのは、勇気づけてほしい ということと、意見を言ってほしいということ。 ともにやってる感を味わいたいですね。

21年目のソロデビュー

ソロ活動はどういう経緯から?

いたって自然にたどり着いたんですよね。これまでも、いつかソロアルバムを出すのもいいかなぐらいの、漠然とした願望はあったんですよ。長い音楽人生だし、いつかはソロがあってもいいんじゃない?ぐらいの感じ。だったんですけど、それがいつなのかは全然わからなかったんですよ。今回もソロってことよりも、今はバンドを止める時期だって思ったことが先ですね。ソロをやりたいからバンドを止めたんじゃなくて、今はそれぞれが強力になるためにちょっと一回、間を置くべきときなんじゃないかなって。このままほっとくと、年に2回ツアーやって、というサイクルが続いていくとは思うんですよ。でもそれだと、僕らが飼っているTRICERATOPSという恐竜にエサをあげているだけの状態で。とりあえず、生き続けはするけれど、この恐竜をもっと魅力的なカッコいい子に育てるためには、洋服を買ってあげる必要もあると思うし、お散歩にいっぱい連れて行ってあげる必要もあると思うし、手入れをしてあげることが必要なんですよ。それはいかにバンドを愛するかってことですよね。つまりこのバンドのありがたみ、大切さを実感しなきゃいけない。1人1人が自覚し直さないと、ここから先に行けない。それぞれが一回、TRICERATOPSというバリアから飛び出して、自分をさらしていく必要があると思ったんですよ。

ソロ活動を始めて、アルバム制作を進行させて、感じたことはありますか?

それぞれが一回旅に出ようって言った瞬間に、自分のなかで照準が絞られた実感がありました。最高のアルバムを作ってやろうってところにピュッと向きましたね。マネージメントも応援してくれて、「ソロツアーやろう」「ステージはたった1人でやるのはどう?」「俺も最初は1人がいいと思ってました」って。文字通り、1人っきりでさらされるライブをやってみようと思って、今すごくワクワクしてます。

タイトルも“一人宇宙旅行”ですもんね。アルバムのレコーディングもほぼ1人でやっているんですよね。

やる前はTRICERATOPSの曲を作るのとそんなには違わないかなと思っていたんですが、いざやってみたら、かなり違う。歌詞にしてもより個人的なものになるし、たくさん発見がありました。

ツアーでイメージしていることは?

ぶっちゃけ楽しみと不安とフィフティフィフティですね。だって俺、1人で50分以上やったことないんですよ。果たして俺は1人でどこまで持たせることができるんだろうっていう不安はあります。心情的には1996年に渋谷ラママでやったTRICERATOPSの初ライブくらいの緊張感があるんじゃないかと思います。いよいよ自分の殻を破らないといけない時期、男として前に進まなければいけない時期が来たということですね。

マネージメントに望むこと

ソロ活動をやるにあたって、マネージメントに望むことはありますか?

昨日考えていたのは、佳史と林がいないってことは、ご飯に行くときも俺1人になるってことなんですよ。これまでは打ち上げで2人がしゃべってくれていたから、俺は黙っててもいいやというスタンスだったんですが、今回のツアーで、イベンターさんがいて、俺1人だけで黙っていたら、悪いなと思うわけですよ。でも俺は本来、ライブ後は静かに食べたいタイプで。なので、マネージメントに求めるのは、そういうときはつないでくださいってことですね(笑)。あとは雰囲気作り。今回は1人だし、いかに会場でも雰囲気をかもし出すか。それは照明かもしれないし、BGMかもしれない。演出に力を貸してもらえたらと思います。

ほかにマネージメントに求めることは?

リラックスさせてくれることですね。いかに自然体でいさせてくれるか。あとすごく大事なのは、勇気づけてほしいということと、ライブや新曲について、意見を言ってほしいということ。そこは大事だと思います。好きなのか嫌いなのかを共有して、みんなが好きになったものを一緒に売って、ともにやってる感を味わいたいですね。

PROFILE

1996年結成。メンバーは、和田唱(vo、g)、林幸治(b)、吉田佳史(ds)。1997年にシングル「Raspberry」でメジャーデビュー。1999年12月にはアルバム『A FILM ABOUT THE BLUES』のツアーファイナルで日本武道館公演を行う。今年10月24日には和田唱がほぼすべての楽器を担当したファーストソロアルバム『地球 東京 僕の部屋』をリリース。11月2日(金)から、ソロツアー“一人宇宙旅行”もスタート。ファイナルは12月16日(日)大阪ビッグキャット。11月4日(日)日本橋三井ホール公演のチケットの即日完売を受けて、12月30日(日)マイナビBLITZ赤坂での追加公演も発表された。

http://www.triceratops.net/

RELEASE INFORMATION

1st solo album『地球 東京 僕の部屋』

TRINITY ARTIST/TTLC-1011/10月24日発売