音楽にまつわる「ちょっといい話」

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第34回 世界初の水素+燃料電池コンサート

今回のゲスト

今回のゲスト

前田直洋さん

(本田技研工業株式会社 ビジネス開発統括部 スマートコミュニティ企画部 主幹)
1967年、東京生まれ。1990年に本田技研工業株式会社に入社。ビジネス開発統括部スマートコミュティ企画部の主幹(取材時)として、LUNA SEAのコンサートの演奏機材に、クリーンな水素で発電したCO2フリーの電力を供給するプロジェクトに携わった。

“世界初の水素 燃料電池コンサート”という触れ込みで、2017年5月29日に日本武道館で行われたLUNA SEAのコンサート。そこでは、環境問題や平和運動のアクティビストとしても知られるギタリストのSUGIZOさんのアンプ等の電力供給が、再生可能エネルギーで作られた水素と燃料電池自動車(FCV)を用いて行われた。そして、その音にほかのメンバーも共鳴し、12月23〜24日にさいたまスーパーアリーナで行われたLUNA SEAのコンサートでは、それがより大規模になり、全メンバーの楽器機材に対して用いられた。今回、その画期的な試みに挑み、成功に導いたHondaのチームの前田主幹に話をお聞きした。

水素はたくさんのエネルギーを小さい容積で長期間溜めておける

 そもそも「再生可能エネルギー」とは何なのか。「水素エネルギー」とは何なのか。環境にいいばかりか、なぜ音にもいいと言われるのか。まずはそうした基礎知識を、できるかぎり簡潔に教えていただいた。

「再生可能エネルギー」「水素エネルギー」とはどういうものなのでしょうか?

まず、その2つはもともと異なっているものなんですね。再生可能エネルギーというのは無限に再生できるエネルギーなので、風だったり太陽だったり波だったり、自然のなかにあるエネルギーなんです。で、それをどう溜めておくかの手段が水素なんです。なので、石炭でたいた電気を水素で溜めることも、メタンガスでできた電気を水素で溜めることもできます。我々はその方法のひとつとして、水素に変えて溜めておくという手段をとっているんです。だから「再生可能エネルギーでできた水素エネルギー」というのが正しい言い方ですね。

では、水素ならではの特徴というと?

電池とくらべるとわかりやすいんですけども、水素のほうがエネルギー密度が高いんです。要は、よりたくさんのエネルギーを小さい容積で溜めておけるんですね。それともうひとつが、長期間溜めておける。電池に溜めておいても、1ヶ月も経ったらだんだん放電していっちゃいますよね。

気がついたら使えなくなっていたり。

でも水素は1年置いておいても、ほとんど減らないんですよ。それはそういう水素の容器に入れておくことが前提ですけど。だから長期保存に向いているんです。

環境にはもちろんとして、音にもいいと言われる要因は何でしょう?

大きく2つあります。ひとつは、電気を作るところから使うところまでの距離を短くできること。今回でいうと、車のなかで水素が電気を作って、会場の外に車を停めてコードを引っ張れば、数十メートルで済む。これが、たとえば発電所から建物の壁のコンセントにたどり着くまでに何百キロメートルもあると、いろいろノイズが入ってきて、波形がだんだんきれいでなくなっていくんですね。それが音に差し障ると。

単純に距離が短いほうが音にいいと。

雑音が乗りにくいということですね。もうひとつは、電気は直流で、電気機器は交流なんですね。だから直流から交流に変換しなきゃいけないんですけど、この変換をどれだけきれいにやるかというところがメーカーの腕の見せどころで。そこでHondaの電力変換技術を使うと、きれいに変換できるんです。Hondaは実は車を作る前からずっとそれをやってたんです。よく屋台で使ってる赤い携帯発電機のなかにその技術が入ってるんですね。それを長年やってきたので、きれいな電力変換をする技術があったんです。その2点の組み合わせですね。

音の好みの判断はAIにはできないと思います

Hondaという社名を聞いて、誰もがパッと思いつくのが車だろう。水素エネルギーももともと車用に研究されたものだが、それがなぜコンサートに活用されるに至ったのか。続いてはその経緯を教えていただいた。

今回は、言うなれば水素エネルギーを音楽コンサートに活用したわけですが。

我々はもともと車に溜めたエネルギーを、車が走るために使ってたんですけど、止まってる間も電気を作れるよねと。という観点から音楽につながっていったんですね。

太陽光を電池に蓄電するコンサートは以前からありますが。

あれはソーラーパネルを貼って、一回蓄電池に溜めてらっしゃるんですね。そこからアンプとかにつないでいく。その溜めるところを蓄電池じゃなくて、水素に変えて溜めてたというのが今回のやり方なんです。そうすると、よりたくさんの電気を溜めておくことができる。で、その溜めてる先が、今回は車のガソリンタンクに代わる水素タンクのなかだったんです。そうすると何が楽かって、車にはタイヤがついてるんで。電池って重いんですよ、ものすごく。我々は「移動が簡単なエネルギーを溜めている水素」ということで使っているんですね。

LUNA SEAのSUGIZOさんとコラボしたのはどんな経緯だったんですか?

SUGIZOさんが再生可能エネルギーに関心があったようで、共通の知人を介してコンタクトをいただいたんです。それで、一度試奏されたんですね、スタジオで。そのときSUGIZOさんは、音の良し悪しというより、好みに合った音、特に高音の出方が好きだとおっしゃってました。そのあと我々がデータで確認したら、その通りだったんです。高音の波形が実際にきれいだったので、ミュージシャンの耳ってすごいんだなと驚きました。そうした感性がずば抜けていいんじゃないですかね。AIにはできないと思います。音の好みというのは、味覚とか以上に微妙なものがあると思いますから。

最初は武道館でSUGIZOさんのギターだけでやったんですよね。

はい。アンコールのときに、実は水素でやった、みたいなコメントをしていただいて。で、観客の方々が帰るときに、武道館の前に車が停まってたんですけど、いっぱい写真とか撮ってくださったんですね。そこですごく驚いたのが、我々は通常こういうことは、いわゆる産業展だとか技術展みたいな展示会で企業向けにやるんですよ。それが、全然違う表現の仕方でこんなにきちっと伝えることができるんだと思って。目から鱗でしたね。あらためてミュージシャンの方々の説得力のすごさに驚きました。

音が良くなった実感もありました?

それが実は次の年末のさいたまスーパーアリーナにつながるんですけど、やっぱり全員が水素でやりたいとなりまして。

つまり、SUGIZOさんの音に、ほかのメンバーも共鳴したんですね。

今度は車もトヨタさんと一緒に複数台持ってきて、ずらっと並べて、2人で1台、この車から誰々にってやったんですね。で、コンサートが終わって撤収をしていたら、観客の方が見に来られていて。LUNA SEAのロゴを貼ってたので写真も撮ってくださったりしたんですけど、そのときに女性の方が「音がすごかったですね」って言ってくれたんです。

それはうれしいですね!

はい。そういうところがまた自信につながりましたね。

新しい価値の提案と音楽は親和性が高いことに気づいた

水素エネルギーを使ったコンサートは、おそらく世界初だろうと言われている。最後に、今回の試みを経ての前田さんの思いを聞いた。

水素エネルギーって、世界的にはどんな状況なんですか?

水素は今、日本が一番技術的には進んでいるんですね。ヨーロッパも少しずつ、アメリカもカリフォルニアを皮切りに少しずつ今広まりつつあるんですけど、日本がそこで率先していいものを使ってもらえるようにしていきたいと考えています。

前田さんも音楽が大好きだそうですけど、それが何か、今のお仕事に関係しているようなところもありますか?

私がいるビジネス開発統括部(取材時)は、新しい価値提案をしようみたいな部署なんですね。車を作るとかオートバイを作るとか以外の、新しい面白いことをグローバルに提案できないか、そういうのを考える部署なんです。結局そこで何を考えるかというと、そこにいる人が何に喜んでくれるかなんですね。

そこはまさに音楽と通じることかもしれないですね。

そうですね。私は特にエネルギーに関わることを企画しているんですけど、エネルギーによる新しい価値の提案と音楽はとても親和性の高いものだということを、やってみて初めて気がつきました。それまでは電気を非常用に蓄えようとか、そっちの話ばっかりだったんです。でも平常時にもいろんなことが提案できるとわかったので、今回はとてもいい出会いになりましたね。

余談だが前田さんはORIGINAL LOVEが好きで、コピーバンドもやっているそう。ただし、そのときの電力供給は「普通に壁のコンセントからやってます」(笑)。

text:吉田幸司

水素 燃料電池コンサート

水素 燃料電池コンサート

2017年5月29日に日本武道館で行われたLUNA SEAのコンサートで、ギタリストSUGIZOさんの楽器への電力供給を、Hondaの燃料電池自動車(FCV)「クラリティ FUEL CELL」が外部給電器「Power Exporter 9000」を介して実施した。その外部給電には、お台場にあるHondaの水素ステーションで充填した、再生可能エネルギーである太陽光とHondaの高圧水電解システムを組み合わせて作られたCO2フリーの水素を使用した。そこでの好感触から、2017年12月23〜24日にさいたまスーパーアリーナで行われたLUNA SEAのライブでは、それが全メンバーの楽器に対して実施された。

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