特集記事

2017.09.15

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#4_「良い音」コンサート現場編

大音量で肉感的なリアルサウンドを楽しめるのがコンサートの魅力のひとつだが、それをよりドラマチックに演出してくれるのがPAだ。その進化史、最近のすごい実例を交えつつ、コンサート現場の音の“今”を伝える。

text:布施雄一郎

空気を震わせた豊かで圧倒的なサウンドは
ライブでしか味わえない贅沢な“体験”となる。

コンサートPAの進化史

 「ドームだからね、良い音は無理だよ」
 かつて、ドームやアリーナ、スタジアムのような大会場ライブでは、音が悪いのは当たり前で、そもそも音に期待する人もいなかった。しかし今では、そうした状況は変わりつつあり、ライブ音響の良さこそが、アーティストの個性や、表現しようとする世界観の土台を支えている。それを実現しているのが、ライブPA機器の進化だ。
 その昔、大会場でライブを行う(=遠くまで音を届ける)ためには、スピーカーからどれだけ大音量を鳴らせるかの勝負であった。音質より音量の時代。しかしそれだけでは、スピーカーに近いエリアの人にはうるさく、遠い人にはパワーのない音しか届けられなかった。ところが2000年代に入ると、スピーカーを縦につなげ天井から吊り下げる「ラインアレイスピーカー」が登場し、より広いエリアに均一のサウンドを届けられるようになったのだ。さらに、会場後方エリアのサウンドを補強する「ディレイスピーカー」が設けられるようになると、ライブ音響は飛躍的に向上した。
 最新技術では、PAスピーカーにDSPが内蔵され、会場を細かくエリア分けし、それぞれに最適な音を届けられるシステムも登場。同時に、会場の響きをコントロールする技術も発達し、「音の鳴らし方」と「鳴らした音の響かせ方」の組み合わせによって、アーティストはスタジオ録音に匹敵する細かな演奏ニュアンスを大会場でも表現可能となったのだ。一番わかりやすい例が、ドラムだ。以前であれば、キックはただ“ドーン”と間延びして鳴るだけであったが、今では“ドッ!”“ドン!”と細かなプレイまでPAから再生でき、キレ味の鋭いグルーヴや深みのあるビートを、大会場でも楽しめるようになったのだ。

音楽ファンへの恩恵

 そうはいっても“私は専門家じゃないし、音の違いもよくわからないから、アーティストを生で観られるだけでいい”と思う人もいるだろう。ところが実は、そうした大多数の“普通の音楽ファン”にこそ、ライブ音響の向上は大きな恩恵を与えている。
 たとえば、音の質が良ければ、どれだけ大きな音でも、人は不快に感じない。もし、ライブを観ていて、耳が痛くなったり気分が悪くなったとしたら、それは何かしら音に問題がある可能性が高く、不快な音を長く聴かされ続けるのはある意味で音の拷問だ。そうした不快さを感じずに、好きなアーティストの音楽に没頭できるのは、間違いなく音がいいからだ。
 また、驚くほどの爆音であっても、ライブが終わるとすぐに友達と会話が楽しめるというのも、ライブ音響の良さがなせる業。意外と気づかないことだが、闇雲に音量を上げただけの爆音であれば、ライブ後、しばらくは耳がキーンとして、相手の話が聴き取れなくなる。いわゆる“ロック難聴”と呼ばれる、一時的な聴覚障害だ。しかし最近は、体を揺さぶるほどの大音圧であるにもかかわらず、耳への負担が少ないライブが増えてきた。これは、PAエンジニアの技術力によるところも大きい。
 そして、誰しもが感じ取れる、音がいいことでもたらされるライブの醍醐味は、大好きなアーティストがステージで語る言葉を、一字一句、明瞭に聴き取れることだ。仮にもし音が悪かったとしたら、何を話しているのかもわからず、興奮も冷めてしまうに違いない。少し前の話になるが、2014年に東京ドームで開催されたBUMP OF CHICKENのライブで、ボーカル藤原基央が曲中でふと漏らした吐息は、かつて音が悪いと酷評された同会場の3階席まではっきりと伝わってきた。その瞬間、遠く離れたステージとの距離が一気に縮まったような感覚になれたことは、今でも忘れられない感動であった。これこそが、音の良さが生んだ最大級の喜びと言えるだろう。

アーティストの想像力を刺激

 こうしたライブ音響の進化は、アーティストの創造力も刺激する。今年1〜2月に開催された“SEKAI NO OWARIドーム・スタジアムツアー2017「タルカス」”では、センターステージを取り囲む観客に、360°全方向に明瞭なサウンドを届けてくれた。いっぽう、6月に行われたTheピーズ武道館ワンマン公演では、中央に1本吊り下げたモノラルPAスピーカーにより、彼らならではのロックなサウンドを武道館に轟かせた。そしてライブ音響に強いこだわりを持つサカナクションは、9月30日と10月1日、幕張メッセで2度目となる6.1chサラウンドライブに挑戦する(10月17日と18日には大阪城ホールでも開催)。この規模でのサラウンドライブは世界でもほぼ前例がなく、観客を、まだ誰も体感したことがない音世界に誘ってくれることは間違いない。
 ライブ最大の魅力は、その場に参加した者だけが味わえる、たった一度だけの“体験”にある。その喜びは、もはや視覚だけでなく、聴覚、さらには体全体で味わう時代へと突入した。イヤホンで音楽が聴かれる時代に、空気を震わせた豊かで圧倒的なサウンドは、まさにライブでしか味わえない贅沢かつ貴重な“体験”となるだろう。

WRITER PROFILE

音楽テクニカルライター。音響工学/音響心理生理学など「音」について多彩な視点で学び、楽器メーカーでシンセサイザーの開発・設計業務を手掛けたのち、ライターに転身。音楽誌や機材誌を中心に執筆活動を行っている。

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