ライブハウス店長インタビュー

vol.42 KLUB COUNTER ACTION MIYAKO ジュン・ランボルギーニ(田畑 潤)さん

vol.42 KLUB COUNTER ACTION MIYAKO ジュン・ランボルギーニ(田畑 潤)さん

震災被災地にライブハウスを建てるプロジェクト“東北ライブハウス大作戦”の第1号店としてオープンしてから5年。今もなお試行錯誤の途中と言いながらも、地方ならではの、宮古ならではの在り方を模索する、田畑店長に話をうかがった。

text:野中ミサキ(NaNo.works)

“いつもは来られないけど、絶対また来よう”と思ってもらえるところに
しようって。そのためには、地味で地道なことをやっていくしかない。

弱音を吐かないというのが僕らになくてはならないもの

先日、オープン5周年記念ライブが行われましたが、今はまだ余韻が続いているといったところでしょうか?

正直、余韻に浸っている暇もなくて。もちろん、ライブは素晴らしかったですよ。こけら落としをやってくれたBRAHMANと宮古に本当によく来てくれている細美武士さん率いるMONOEYESっていう5周年にふさわしいメンツで。今回の5周年記念は、一発限りではなくシリーズにしていて。そのすべてが終わっても通常業務があるし、そんな感じでこの5年ずっとドタバタしっぱなしです。

語り口から、現在進行形で走りまわっているのが伝わってきます。

現在進行形というか、発展途上というか。年月をかけて地位を築いたライブハウスにも認めてもらうには、勉強をし続けるしかないし、弱音を吐かないというのが僕らになくてはならないものじゃないかと。だから、この5年は早かったです。やっていくうえで震災という大義名分はあるけど、それを振りかざしてしまうと、お涙ちょうだいの一本調子になってしまう。それは嫌だし、小さな町でどうやっていくか試行錯誤しているところです。

具体的には、どんなことでしょう?

僕らが思うライブハウスって、レンタルスペースじゃダメだと思うんです。そのためには、地元のシーンがなくちゃいけない。だけど、最初のうちは増えた地元のバンドも、その波が淘汰されて今では数が減っちゃって。それで3年前から「KCA軽音部」を始めたんです。レッスン的なことをするんじゃなくて、バンドをやるには何が大事なのかを知ってもらえればと思っていて。これが一番、地元を考えて意味があったことかな。人知れず音楽が好きで楽器をやっている、情熱を内に秘めている人が多かったんですよね。これがきっかけで、今は3つバンドができました。何をどうしたらいいかわからないっていう人に肩を貸すと、あとは勝手に歩き出す。一歩目をリードしてあげるのは意味があるなと。

僕、農業やりながらここの仕事をやっているんです

バンドの絶対数が減っているというのは、宮古にかぎらず耳にします。そういった課題や取り組みを“東北ライブハウス大作戦”で立ち上げた店同士、共有、連携したりすることは?

ミーティング的なことはやっていますけど、運営面での連携はないですね。確かに3店舗でスタートしたけど、系列店ではないし、それぞれ環境も違う。ツアーで石巻にしか行かないバンドもいたりもするし。最初はそれをズルいなって思っていたんですけど、それじゃ解決にもならない。だから、お客さんにもアーティストにも、“いつもは来られないけど、絶対また来よう”と思ってもらえるところにしようって。そのためには、地味で地道なことをやっていくしかないというか。

地味で、地道なこと。

現状、宮古で毎日ライブ営業をするのは無理なんですよ。正直、ライブは月5〜6日で、それ以外は軽音部があったり企画制作したり。僕、農業やりながらKCAの仕事をやっているんです。社長もそうなんですけど、それぞれ仕事をしながらやるっていうのも変に遊ばなくていいのかなって。自分の好きな海外のバンドも仕事をしながらバンドをやるようなスタイルだったので、今の僕らにとってのライブハウスに置き換えられる気がして。そういうことを考えていると、地方でやるってそういうことなのかなって。誰の負担にもなっていない今のやり方はいいのかもしれないなと思っていますけどね。売り上げ的には人を雇えるような状況ではないけど、“じゃあ、閉めます”という選択肢は絶対にないですし。

KLUB COUNTER ACTION MIYAKO ジュン・ランボルギーニ(田畑 潤)さん

都会と同じようなことをやっても感動はないので

今年6月に宮古市田老野球場で開催されたフェス“POWER STOCK”のお話を。今回3年振りの開催でしたね。

前3回は、札幌が企画をやってくれたんですけど、今回は僕らが主催であり制作で。

宮古主催ということもあってか、出演者の顔ぶれがこれまでとは少し違う印象でした。

出演者は社長が考えたんです。うちの社長って、みんなから「あの人が言うなら仕方ない」って言ってもらえるような人で。それもあって、これまでとは違ったことができたんですよね。最初は船をステージにして、岸壁から見るか!みたいなアイデアもあったんですけど、危険すぎるっていうことで(笑)。都会と同じようなことをやっても感動はないので、とにかく宮古感を全面に押し出そうっていうのを意識しましたね。会場は球場で「宮古自治会」って書いてあるようなテントを張って、出店も地元の店にお願いしました。

お客さんの反応はどうでしたか?

当日、会場をうろうろしながらお客さんに「楽しいですか? どうですか?」って聞きまわったときに「いい意味で田舎くさい」って言ってもらえたので良かったです。あと、5周年ライブのとき「POWER STOCKに行ったときKCAにも行こうと思って来た」っていう人がいて、それもうれしかったですね。

「名物ライブハウス」と言われる場所になったらいいな

宮古っていう土地そのものを好きになってほしいという気持ちが伝わってきます。

僕も、もともと宮古がすごく好きでこっちに来たクチなので、同じことを思ってもらえたらいいなとは思いますよね。東京って、何かできる人が重宝されるけど、こっちってとにかくつながりがないとダメなんですよ。それもあって、揉めたりしないように普段から近所づきあいをするようにしていて。“POWER STOCK”のときも、開催2週間前に会場周辺の200軒くらいにあいさつに行ったんです。それで終了後、球場の管理人さんが「野球応援の太鼓の音でさえも苦情が来るのに、今回は苦情ゼロでした」って言ってくれて。これも地味で地道なことですね。不安要素をつぶしておきたかったし、それが地道であればあるだけ安心できるというか。それに、そのときいろいろ制作面で切迫していたのもあって、そういうことがやりたかったっていうのもあって。本当は向いてないんですけどね、人生の大半を人と交わりたくないと思ってきた人間なので。それがまさか、わかってもらおうと一生懸命に話をするようになるなんてね。

も、その地道な積み重ねが今のKCAの骨となっているんじゃないかと思います。

そうなんですかね。別に、表に出たいっていうのはないんですよ。裏方の美学っていうのがあって、「あいつ面白くないけど、しっかり仕事しているよね」って言われるくらいのほうがいい。僕、いつかここが「名物ライブハウス」と言われる場所になったらいいなと思っていて。そのためにはキャラが立つ人が必要で、だけどそれだけではダメなので、そこを自分が埋めていけばいいのかなって。もちろん、すごい遠くを見つめるような余力はまだないし、SPC西片さん(SPC peak performance代表、東北ライブハウス大作戦本部長の西片明人)への感謝は絶対忘れちゃいけないって思っているので“東北ライブハウス大作戦”っていうものは切っても切れない絆だし。それもありつつ、自分で立てるようになりたいですね。普通のライブハウスがしなきゃいけないことをやりたいです。免罪符として行くっていうことじゃなくて、単純に宮古が好きだから来てくれる人が増えるようにやっていけたらいいかな、と。

KLUB COUNTER ACTION MIYAKO

KLUB COUNTER ACTION MIYAKO

岩手県宮古市大通2-6-11
0193-77-4567

東日本大震災を境に立ち上がったプロジェクト“東北ライブハウス大作戦”により、2012年8月にグランドオープンした。キャパシティは約250人。軽音部活動は毎週木曜日。

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