音楽にまつわる「ちょっといい話」

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第32回 歯科技工・補聴器製作会社発のイヤモニ[FitEarカスタムイヤーモニター]

今回のゲスト

今回のゲスト

須山慶太さん

(株式会社須山歯研 代表取締役社長)
1970年生まれ、千葉県出身。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した1994年に、父親が1958年に創業した須山歯研に入社し、補聴器部門を担当。2001年より音響製品への歯科技工、補聴器技術応用研究に着手し、FitEar事業を開始。2010年にFitEarカスタムイヤーモニターの正式販売を開始した。2007年に代表取締役に就任。

 コンサート現場に欠かせなくなってきたイヤモニ(カスタムインイヤーモニター)。簡単に言うとアーティストそれぞれの耳穴の形に合わせて作られた、その人専用のモニターとして使われるカスタムイヤホンだが、アメリカ発のブランドのものが主流のなか、今、シーンを席巻している日本発のイヤモニがある。須山歯研のFitEarだ。今回は、その須山歯研にスポットをあてた。

歯科技工から補聴器、そしてイヤモニへ

 イヤモニの名器「FitEar」を送り出した須山歯研は、入れ歯や差し歯などの歯科技工物を作る会社だ。「名刺をお渡しすると、だいたい“え?”となるんですが(笑)」と笑う須山社長に、なぜイヤモニを手掛けるに至ったか、まずはその経緯をうかがった。

本来は歯科技工の会社なんですね?

そうなんです。1958年に私の父が始めたんですが、1985年に歯科技工の業界団体に、日本フィリップスさんがオーダーメイドの補聴器の事業を始めるということでご相談にいらしたんですね。「だったら」ということでご紹介いただいたのが補聴器を始めたきっかけだったんです。父は新しいもの好きで、たまたまその1〜2年前にオーダーメイドの補聴器があると知って、自分なりにカスタムしていたようなんですね。実際にやってみると、入れ歯などを作る技術、あと材料と機材がほとんど同じだったと。そんなこともあり、シェルと言われる部分を耳型から作って、そこにメーカーから支給されるコンポーネントを納めて完成させるという事業を1987年に始めたんです。

そこからどうイヤモニに発展を?

平成11年(1999年)に大きな制度改正がありまして、お客さんのために補聴器を作ることが難しくなったんですが、イヤーモールドと呼ばれる補聴器の先につける耳栓は薬事法外だったんで、これなら作っていけると。で、それと並行してなんですが、2001年にiPodが発売されまして。iPodの白いイヤホンの先に自分で作ったモールドをつけて音楽を聴いてみたんですね。そうしたところ、すごく豊かな低域が出てきたのと、つけていてもわずらわしさがない。これは面白いと。そのうち変なスイッチが入ってですね(笑)、よせばいいのに会社のホームページを完全に私物化しまして。自分がイヤホンを改造したり加工したりしたものを載せていたんです。そうしたら舞台の演出をされている方から「こういうのって作ってもらうことはできるんですか?」というお話がきまして。それで始めたのが経緯です。2003〜4年くらいですね。

今から13〜14年前ですね。

当初は音楽の専門家でもないし自分も好きでやっているレベルだったんですが、望月衛というピアニスト兼、今タートルミュージックの社長でプロデューサーもやっている学生時代の友人が、独立して事務所を構えたから遊びに来いよと。じゃあプレゼントしようと、自分で作ったものを持っていったんですね。で、嘘でも「いいね、ありがとう」とか言うのかと思ったら、「全然ダメだな」って言いやがって(笑)。

友人ならでは厳しい評価を(笑)。

イラッとしましたけど(笑)、でもありがたかったのは、「お前は音楽家でもエンジニアでもないからしょうがない。俺が専門家を紹介してやる」と、当時ビクター所属のマスタリングエンジニア原田光晴さんを紹介してくれたんです。で、望月と一緒にお見えいただいて。そうしたら「ここがもう少しこうなったらとても良くなるんじゃないか」と言っていただいて。それから原田さんに足しげく通っていただいて、音というものはどういうものなのか、オーディオというのはどうあるべきなのか、そういうのをプロ中のプロにご指導いただくという貴重な機会を得ることができたんです。その意味ではさっきのイラッとした友人の望月には足を向けて寝られないです(笑)。

あははは!

そこからがある意味、本当の修行でした。たくさんのご指導、ご助言をいただきながら製品開発を続けていきましたが、ある日「新しいものを作ったので、ご評価いただけますか」とお持ちした晩に、「須山さん側でここまで完成できれば私のアドバイスはなくてもできるように思います」とのメールをいただいて。それでは恐縮ですが…と、製品の血と肉となった原田光晴さんの頭文字をいただいて「MH334」という名称をつけさせていただいたんです。

髪の毛1本の太さですら論外な歯科技工の世界ならではの精度

かつてジャズ喫茶に通っていたような音楽好きが補聴器を使う世代になった。また、それまで声を聴くことが目的だった補聴器もアナログからデジタルになり、ワイドレンジな音楽も楽しめるようになった。そうしたなかで補聴器を手掛けてきた、須山歯研のイヤモニのすごさの秘密を教えていただいた。

イヤモニの開発に歯科技術が活きている点はどんなところでしょう?

特に歯科の専門性と直結する顎の動きは、耳の穴への安定したフィット感のために見逃せない要素なんですね。あとは歯科技工の精度。髪の毛1本の太さですらまったく論外な精度を求められますので。

まさに“フィットイヤー”なんですね。

うちが一番大事にしているのは、やはりフィット感、イコール遮音性です。静かな環境をどう作るか。イヤホンの場合、周りの環境の音によって結構左右されるんです。雑音が入ってくると当然それが本来の音楽をマスキングしてS/N比が悪くなってくる。あとは耳を密閉するしないで、特に低域の再生が大きく変わってくるんですね。ですから考え方として、まず耳を完全に密閉する。それによって、どんな場所であっても耳のなかに静かな環境を作るというのが大きなテーマになります。特にカスタムイヤーモニターの場合、一番使われるのがステージ上ですから。そのなかで自分が聴きたい音を聴くためには、一度耳に栓をして静かな環境を作ることが大事なんですね。

なるほど。

あとはうちの場合、トッププライオリティは業務用ですので。耐久性、メンテのしやすさもそうですが、モニターエンジニアの方がコントロールしやすくなければいけない。そういった開発を心掛けていますね。

イヤホン/ヘッドホンで音楽を安全に楽しむために

そんな須山さんが今、先頭に立って提唱しているのが「セーフリスニング」。“ずっといい音で聴きたいから”というキャッチコピーのもと、イヤホン、ヘッドホンを使うときの注意事項を3つあげている。これは音楽が好きな人こそ知ってほしい。

発端が医療系というのが面白いです。

だから、俺の音を聴け!みたいなのはいっさいなくて(笑)。我々はあくまで黒子なんですね。あとは2010年からうちで「セーフリスニング」というものを始めまして。安全に音楽を楽しみましょうということをいろいろ企画としてやっているんです。本当に簡単な3つのお願いとして、まずイヤホン/ヘッドホンで音楽を楽しむためには“安全な環境・場所で”使ってくださいと。たとえば自転車に乗るときは我慢しましょうとか。あとは“ボリュームに注意”。で、もちろん大きすぎる音はよろしくないんですが、聴覚への影響というのは音量×聴き続ける時間でとらえるべきものなんですね。ですので、“ときどき耳の休憩を”と。そういう「セーフリスニング」というものを今、提案しています。

それも医療系ならではですね。

あと今準備しているのは「セーフリスニングライブ」というもの。やはりコンサートも非常に大きな音が出ると。そんなときに今、音楽用の耳栓というのがありまして。普通、耳をふさいでしまうと高い音が落ちてモゴモゴしますが、それを低域から高域までバランス良く全体で落とす。あともうひとつ、「セーフリスニングフォープロフェッショナル」。耳鳴りが勲章みたいなイメージでとらえられているエンジニアの方も正直いらっしゃるんですが、やはり耳で商売しているだけに護らないといけないと。そんなことも提案し始めたところです。

実は音を聴かないことも大事。

口の悪い友達は、イヤホンで耳を悪くして、今度は補聴器で2回売れるんだろ?と言ってくるんですが(笑)、音で悪くした聴覚は補聴器ではうまく補償できないんですね。音を最終的にキャッチする有毛細胞が一度壊れたり機能が低下してしまうと、それを戻すわけにはいかないんです。

劣化が原因ではなかったんですね。

昔は老人性難聴と言われていたんですが、最近はそれまで自分が受けた音の履歴というか、その結果として今の聴力になったという考え方がひとつのメインになってきまして。いかに耳をいたわりつつ、音といい関係を保つかがすごく大事だということもわかってきたんです。そういったことを少しずつでも伝えられればと思っています。

歯科技工と補聴器製作のノウハウを活かしたイヤモニの魅力を聞くのがこの取材の当初の目的だったが、結果、耳を休ませることの大事さも知れたのは収穫だった。「良い音」を得るには、逆に音を聴かないことも大切なのだ。

text:吉田幸司

FitEarカスタムイヤーモニター

FitEarカスタムイヤーモニター

「FitEar MH334」は、山下達郎、竹内まりや、福山雅治ら数々の有名アーティストのCDマスタリングを手掛けるマスタリングエンジニア、原田光晴氏を開発・設計アドバイザーに迎え作られた名器。「FitEar MH335DW」はMH334をベースに、株式会社アコースティックのサウンドエンジニア佐藤公一氏らPAのプロからのアドバイスを加え、ドラマー/ベーシスト向きに作られた。一般ユーザー向けのイヤホン「FitEar TO GO! 334」はMH334の意志を継いだ、レディメイドのユニバーサルタイプ。

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