音楽にまつわる「ちょっといい話」

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第30回 カセットテープに新たな価値観を[waltz]

今回のゲスト

今回のゲスト

角田太郎さん

(株式会社ワルツ社 代表取締役)
1969年、東京都生まれ。WAVE渋谷店のバイヤー、明響社のCDビジネス担当を経て、2001年にアマゾン日本法人に転職し、CD、DVD、本、消費材など新事業の責任者としてそれぞれを軌道に乗せる。2015年に退職し、同年8月に中目黒にカセットテープ専門店waltzをオープン。

 カセットテープがひそかなブームになっていると言われているなか、大きな注目を集めているスポットが中目黒の住宅地にある。テレビ、雑誌、WEBなどメディアを問わず、国内外から毎日のように取材され続けている、カセットテープを中心に、アナログレコード、VHS、雑誌バックナンバー、ラジカセなどを取り扱う実店舗、waltzだ。今回は、そのwaltzをピックアップした。

世の中にない面白いことができるんじゃないかなって

 waltzも魅力にあふれたショップだが、その店主、角田さんのキャリアもユニークだ。先鋭的なCDショップとして名を馳せたWAVEでバイヤーを4年、上場企業の明響社でCDビジネス担当を4年務めたのち、アマゾン日本支社立ち上げ時に転職し14年、数々の事業を成功に導き「レジェンド」と言われるほどの要職にいた。いわば、バリバリの外資系IT企業でeコマースを極めたのち、バリバリのアナログアイテムをドメスティックな実店舗で売るという、180度くらい違う職種に身を転じたのだ。

アマゾン日本法人では音楽をはじめ様々な新規事業を軌道に乗せ、社内で「レジェンド」とまで言われていたそうですが。

だから特にそこ自体に何も不自由はしてなかったし、誰も僕がやめるとは思ってなかったと思いますよ。ただね、結局ビジネスをまわしていくメカニズムは同じなので、同じことをやっていても自分の成長にはならないし、なおかつ45才くらいを越えたときに「自分が目指していたのはここなのか?」っていうことを考え始めたんですね。

それで、自分のお店を立ち上げた。

ほかの企業に転職するっていうことは自分の頭のなかにまったくなかったですね。いろんなところから声をかけられましたけど、別にほかに移るんだったらアマゾンでやってればいいだけの話なんで。自分の人生だから自分がやりたいことに時間を費やしたいなと思ったときに、僕、プライベートでレコードとかカセットとかを集めて音楽づけの生活をずっとしてたんで、これ、カセットを使って何かビジネスをやったら、世の中にない面白いことができるんじゃないかなってふと思ったんですよ。実店舗でカセットなんかほとんど売ってないんで。

全然違う価値観を添えて新しいものとして提案

そうして2015年8月に、角田さんの生まれ育った街であり、おしゃれな街として知られる中目黒にwaltzをオープンさせた。中目黒駅から徒歩15分ほどの住宅街にある、廃工場を改装したというショップは、アパレルショップと間違えるくらいおしゃれだ。また、実店舗であることにこだわり、HPも最低限の情報だけにとどめ、この時代に通販をやっていないということにも驚く。

2015年8月の開店当時って、今のようなカセットブームはもうきてました?

いや、今もブームになってないですよ。売っている場所も依然ほとんどないですし。ただ、ブームになる予兆はある。そこがキーポイントだと思うんですけどね。

実際、リリースは増えてますよね。

カセットのリリースが増えてる背景って2つあって。ひとつは、もともとアメリカの西海岸のインディの人たちから、カセットってクールだね、かわいいねっていう、ノスタルジーと全然違う感性でカセットをとらえる人たちが出てきたこと。それともうひとつ、作るコストが圧倒的に安いっていうことなんですね。特にインディの人たちってお金がないんで。なので、あの小さい長方形でアートを表現したいという人がどんどん出てきて、その流れが一気にメジャーまで波及して、それが日本に飛び火したと。ただ、日本の課題ってハードですよね。ハードが全然ついてきていない。

80号で取材した“カセットストアデイジャパン”の方もハードの普及は急務だと言ってました。そういう意味では、そもそもカセットはあくまでニッチなビジネスであるということなのかもしれないですね。

そうですね。僕は今もっとも聴くことが難しいカセットテープっていう商材で、こんなローカルなショップをあえてやっているので、普通の感性でやってたらダメなんです。僕はだから、この店をアートギャラリーのようにしないといけないなと思っていて。陳列の方法も含めて、ひとつひとつをアートの作品ととらえてディスプレイしているんですね。全然違う価値観を添えて、新しいものとして提案しないと、やっぱり面白くなっていかないので。

なるほど。客層は実際どうですか?

すごく幅広いですね。70代のお客さんも来ますし、高校生とかも来ますし。うち、アーティストのお客さんも結構多いんですね。そういう人のSNSを通じてうちを知る人も多いんだと思いますよ。

お店発信によるプロモーションの類はほぼなく、HPも住所くらいしか情報は載ってないですよね。

たぶん僕自身、アマゾンでとことんやったから振り切れるんだと思います。インターネットのビジネスをとことんやってきたので、逆に今インターネットを使わずにビジネスがどこまで成り立つかっていうチャレンジをしているんですよ。自分にとってはそれってすごく興味深い実験なんですね。

とはいえ、通販をしていないというのは、この時代、怖いじゃないですか。

お客さんのことだけ考えたらやったほうがいいに決まってるんですよ。だから通販はどこかでやったほうがいいだろうなっていうのは思ってます。お客さんのために。ただ、順番としてまず店舗っていうのが自分のなかにあるんですね。これをオンラインだけでやってたら何も起きてなかったと思いますよ。実際に足を運んで、目で見て触って体験できるっていうことが話題になっているベースだと僕は確信しています。

懐かしい経験ではなく実は初めてする体験なんです

カセットテープという身近なメディアをアートに昇華し、そしてそれを実体験させることで、そこに新たな価値観を付加した。では、そもそもカセットテープの魅力とは何なのか。そこについてもお聞きした。

カセットテープの魅力について、いろいろな媒体で「いい音」と「心地よい音」は別次元だ、みたいな話をされていますよね。

はい。技術的に高音質なのと、耳に聴こえる心地よさは違うっていう話をよくしていますね。あと、カセット=音が悪いっていう認識をもっている方がすごくいるんですけど、70〜80年代のカセットカルチャーと今のカセットカルチャーの大きな違いは何かっていうと、当時は録音メディアとしてのカセットテープなんです。何かをコピーしたものを聴いているわけですよ。でも今、生テープを買っているのはクリエイティブなことをしている人くらいで。今はミュージックテープのカルチャーなんですよ。

あ、その違いは大きいですね。

それこそマスターを聴くぐらいのものなんですよね。なおかつ当時のビンテージのラジカセで聴くと、それはもう体験したことがないような音質で聴くことになる。そこからハマっていく人はいっぱいいますよ。

考えてみたら僕もそうです。子供の頃はレコードやラジオからダビングしたカセットテープで聴いていたので。

だから、今うちで得られる体験っていうのは、懐かしい経験ではなく、実はみんな、初めてする体験なんですよ。

目から鱗が落ちました。ゆくゆくはどんなお店にしていこうと思ってますか?

僕は、特にブームを作ろうとも思ってないですし、いろんなところが続々と真似して同じようなことを始めるとも思っていないので。世界で唯一のビジネスとして継続できたらいいかなと思ってます。

ちなみに、音楽マーケットは今後どうなりそうだと予測します?

僕、こんなビジネスやってますけど、アナログ原理主義者でもなんでもなくて。みんな自由に、自分に合った音楽の聴き方、メディアを選択していけばいいのかなと思うんです。ただ、僕がすごく言いたいのは、音楽のありがたみなんですよ。昔からアルバムの金額ってほとんど変わらない。でも、今の3千円と当時の3千円って全然違うじゃないですか。当時、今の1万円くらい出してアルバムを買ってたようなもんですよね。ありがたみが全然違う。それをどう復権させていくのかが僕は業界の課題だと思ってるんですね。音楽をファミレスのドリンクバーにしてしまってはいけないですよ。

角田さんは自分のことを「ビジネスマン」と称していたが、やっぱり無類の音楽好きだった。そして、そこにはきっと“WAVE魂”が宿っているんじゃないかと思った。「よくWAVEを知っている人には、『1人でWAVEを復活させている』みたいなことを言われてます(笑)」。やっぱり!

text:吉田幸司

waltz

waltz

2015年8月にオープンしたカセットテープ専門店。アナログレコード、VHS、雑誌や書籍のバックナンバー、ラジカセも販売している。中目黒駅から徒歩15分ほどの住宅街にあるが、品揃えの豊富さとアートギャラリーのような新感覚さで、世界中から注目を集めている。ビンテージラジカセの修理も行っている。

waltz
東京都目黒区中目黒4-15-5
03-5734-1017
13:00〜20:00(月曜定休)

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