特集記事

2017.01.19

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1986年から2017年へ

音楽シーンはこの30年間でどう移り変わってきたのか

音制連がスタートした1986年から、Spotifyが日本上陸した2016年まで、この30年の間にJ-ROCK、J-POPシーンで起こった出来事のハイライトを、3千字で、かけ足で振り返った。

text:ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)

音楽の楽しみ方に変化が起きつつある昨今、音楽業界は次なるステップへ足を踏み入れた。

80年代後半〜BOOWYの席巻とCDへの移行期

 音楽制作者連盟が任意団体としてスタートした1986年。エポックな出来事といえば、初代理事長後藤由多加氏(ユイ音楽工房)が送り出したロックバンド、BOOWYの躍進だ。1986年3月に最高傑作と名高い4thアルバム『JUST A HERO』をリリースしたBO?WYは、9月にリリースした4枚目のシングル「B・BLUE」が大ヒット、11月にはオリコン週間チャート1位を記録した5thアルバム『BEAT EMOTION』によってブレイクを迎えた。1988年に東京ドームで解散したBOOWYは、2017年にファーストアルバム『MORAL』でのデビューから35周年を迎える。また、ライブバンドとして忘れてはならないのが、1986年7月にライブアルバム『“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986』を限定10万枚で発売し即完したことだ。「ライブハウス武道館へようこそ!」という伝説的なMCとともに、ライブバンドであることを証明した記憶に残る1枚だ。CDへ移行する直前というメディア過渡期であったことから、レコード、カセット、CDの3種類のBOXセットが存在する。  当時、オリジナルアルバムでは聴けない楽曲をCDにボーナストラックの名目で追加収録していた動きにも注目したい。ソニー、ビクター、東芝など、ソフトメーカーとハードメーカーが連動していた時代であり、CDの普及は業界をあげての一大キャンペーンの成果だったことがうかがえる。さらに、80年代末にはレコード盤では入手できなかったレア盤や名盤カタログの再発キャンペーンが行われたことで、体系的に音楽を楽しめる音楽ファンを育成することになった。音楽雑誌全盛時代だったこともあり、豊富なガイドによって、アーティストの歴史を学びやすい環境だったのだ。そうしたアーティストとメディアとファンが三位一体、蜜月な状況からCDショップやライブハウスの活性、バンドブーム、渋谷系カルチャー、90年代音楽シーンを盛り上げる土台が誕生していく。

TMNが開拓した音楽のマルチメディア化現象

 80年代末、もうひとつ注目したいのが小室哲哉率いる3人組ユニット、TM NETWORKの動向だ。紅白歌合戦にも出場した1988年、彼らは過去最大64公演(動員数20万人)となる全国ツアー“TM NETWORK TOUR '88〜'89 CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜”を行っている。小室哲哉がイギリスに短期移住した際に着想を得たというロックとミュージカルの融合による物語の実演だ。小説を原作として、レコード、カセット、CDでリリースした音楽作品は、フォトブック、ドラマCD、アニメ化などマルチメディア展開が話題となった、現代にも通じるコンセプチュアルなプロジェクトだ。しかし、セットが豪華すぎたことから高騰する制作費を抑えるために、コカ・コーラ社が冠でスポンサードした座組にも注目したい。さらに、ツアーファイナルでは衛星を使い全国で同時生中継も実現している。いわば、現代における企業コラボやライブビューイングを先取りした、コンサートビジネスにおける多面的な試みを実践していたのだ。  ロックとダンスミュージック。80年代に対極のようなスタイルで活動していたBOOWYとTM NETWORKの活躍によって、70年代では考えられなかったインパクトとセールスを記録し、J-POPの土壌が生み出された。両バンドともに東京ドーム2デイズでラストを迎えたことも、今に通じる伝統となっている。その系譜はB’zやX JAPANなど90年代のモンスターバンドの活躍へとつながっていく。その後、音楽シーンが活性化した結果、広告業界と密接になったことによって、ドラマ主題歌やCMタイアップ時代がやってきた。歌い継がれるスタンダードナンバーとして、ロックバンド発のヒット曲が多数生み出されていく。

インターネット化とフェス化が進む90〜00年代

 しかし、バンドブームや、trf、安室奈美恵、globeなどTKファミリーのブレイクの反動もあってか、1998年2月にMISIAが「つつみ込むように…」で衝撃のデビューをしたことで空前のR&Bブームが勃発した。J-WAVE的とでも言うべき、洋楽的な邦楽の誕生だ。続いて、宇多田ヒカルが12月に「Automatic/time will tell」をリリースし、翌年3月10日には金字塔となる800万枚をセールスする『First Love』が誕生した。  そんな90年代末、R&Bブームの裏ではHi-STANDARDの登場など、インディペンデントなパンクシーン人気が起きていたことにも注目したい。同時に、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT人気が高まり、現在のバンドシーンに通じる、くるり、BUMP OF CHICKEN、ASIAN KUNG-FU GENERATIONなどが結成されていく。  そして、2001年1月。Appleから音楽再生・管理ソフトとしてリリースされたCD楽曲をパソコンに読み込み、CD-Rに焼くことのできるメディアプレーヤーiTunesの登場で、音楽の楽しみ方が激変していく。データとしてパソコンに吸い上げられた音楽は、1999年5月に誕生した、P2P技術を用い、著作権保護の観点から問題視された音楽の共有を主目的としたファイル共有サービスNapsterの存在によって、“CDになぜコピーガードを付けなかったのか問題”が議論されることとなる。  そんななか、1997年に山梨県富士天神山スキー場で初開催されたFUJI ROCK FESTIVAL、2000年にスタートしたSUM MER SONICによって、ロックフェスが活性化したことにも注目したい。消費から体験へ。コンサートがメディア化したのだ。いっぽう、インターネットの登場によって音楽雑誌は不遇の時代へと突入する。今や、メディアによる注目度はおかまいなしに、どのフェスのどのステージのどんな順番に出演できるかが、CDセールス以上にバンドの目標や人気の指標となっていることは言うまでもないだろう。

配信時代の幕開けとコンサートを主軸にした多様化

 近年の音楽業界最大のターニングポイントと言えるのが、2001年にAppleより発売されたハードディスクを内蔵した音楽プレイヤーiPodの登場だ。時を同じくして日本では、2002年12月にauより世界初の着うた(R)配信曲CHEMISTRY「My Gift to You」がリリースされている(2016年12月15日に着うた(R)は終了)。さらに2005年には、P2Pなど違法ダウンロード配信を撲滅する目的でスタートしたAppleのiTunes Music Storeが日本にも登場し、音楽配信時代が本格的に幕開けした。  レコード〜カセット〜CD〜MD〜配信という音楽メディアのカオス的な移り変わりとは裏腹に、現在、音楽ビジネスはコンサート中心となり、ビジネスの多様化によって著作権使用料徴収額が増えている。2016年秋には黒船なストリーミングサービスSpotifyの上陸もあり、フリーミアムの導入など対価の徴収方法や音楽の楽しみ方に変化が起きつつある昨今、音楽業界は次なるステップへ足を踏み入れたと言えるだろう。  2017年は、業界をあげてのチケット高額転売問題の解決、そしてSuchmos、yahyelなど、音楽シーンに新たな血を注ぎ込むバンドの台頭、まだ見ぬ新しい才能の活躍に期待したい。

すなわち曲が演奏や録音などで使われたりした額の推移だが、グラフを見ると、1986年は約312億円だったのに対し、2015年は約1,116億円に。全体で右肩上がりで、この30年でその徴収額は約4倍になっている。

統計を取り始めた2000年以降、コンサート市場規模は右肩上がりが続き、2015年は前年比25%以上増の大幅成長を見せた。3万人以上の大規模公演数が前年の167回から265回に増えたことも要因のひとつだろう。

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