特集記事

2016.11.15

SPECIAL

特集記事

考察「1986年」
1986年と2016年を比較する!!

「1986年」とは、音楽シーンにとっては果たしてどんな年だったのか。ここではその時代をリアルタイムで過ごしていない若い世代のために、1986年を、30年後の「今」、すなわち2016年と照らし合わせて紹介することにした。すると見えてきたのが、1986年と2016年は意外にもいろんな面でリンクすることが多いということだった! 音楽ライターの柴那典が考察する。

text:柴 那典

1986年がそうであったように、2016年も、新しいムーブメントが始まった年としてのちのちに振り返られるかもしれない。

音楽制作者連盟が任意団体として設立されたのは(1989年に社団法人に、2010年に一般社団法人日本音楽制作者連盟に改称)、今から30年前にさかのぼる1986年のこと。10代や20代にとっては生まれる前のことだ。リアルタイムで青春時代を過ごした人たちはもう中年に差しかかっている。若い世代の音楽ファンは、当時がどういう時代だったかを肌で知っている人はほとんどいないだろう。しかし、実は1986年と2016年は、いろんなポイントで重ね合わせることができる。単に昔を懐かしんだり振り返ったりするだけじゃなく、30年前と現在をリンクさせることで、音楽シーンの未来について考えるためのヒントになるのではないかと思っている。

というわけで、今回の記事では、そんなテーマで1986年と2016年について考えてみたい。

1986 vs 2016 音楽ビジネス1986

まずひとつめの切り口は、1986年と2016年の音楽ビジネスについて。ポイントは、どちらの年も音楽ビジネスの在り方が大きく変わる転換期であるということだ。1986年は、それまでのLP(アナログレコード)に替わってCD(コンパクトディスク)が音楽ソフトの主流となった年だった。この年には生産枚数ベースで初めてCDがLPを追い抜いている(LP[33回転の25・30cmディスク]=4千275.1万枚/CD[12cm]=4千512万枚)※。

1970年代から開発が進められてきたCDが商品化したのは1982年のこと。その2年後の1984年には世界初のポータブルCDプレイヤーも発売され、普及に火をつけた。ただ、1984年時点はまだCDはLPの10分の1程度の生産枚数(LP[33回転の25・30cmディスク]=6千670.8万枚/CD[12cm]=636.5万枚)※だったのだが、わずか2年で両者は逆転。その後も、宇多田ヒカルがデビューした1998年に過去最高(CD[12cm+8cm]=4億5千717.3万枚)※を記録するまで、CDの生産枚数は右肩上がりで増え続けることになる。

実は、音制連の設立の契機となったのも、レンタルCD店の存在だった。1980年に最初のレンタルレコード店ができると、レンタル店が全国で急速に拡大。1986年にはCD貸し出しも解禁されている。プロダクション(アーティスト)をはじめ、レコードビジネスにかかわるすべての権利者(レコード会社、作詞家、作曲家)がレンタルビジネスに反対したが、結局、著作権法が改正されレンタル店が権利者に使用料を支払うことで決着。そういう流れのなかで設立された音制連は、その後もアーティストや音楽制作者の権利を守る団体として発展してきた。

1986 vs 2016 音楽ビジネス2016

そして、2016年にも音楽ビジネスの大きな変革が訪れようとしている。1986年に主流となったCDに替わる新たなデジタル音楽の仕組みが広まり始めている。2015年にはApple Music、LINE MUSIC、AWA、Google Play Musicなど「定額制」の聴き放題ストリーミング配信サービスが続々と開始。さらに2016年9月には海外最大手のストリーミング配信サービスであるSpotifyが日本上陸を果たした。Spotifyは無料ユーザーも広告付きで好きなだけ音楽を聴くことのできる「フリーミアム」のモデルを採用している。これまでとは音楽の聴き方を大きく変える可能性を持ったサービスだ。

すでに海外では音楽ビジネスの在り方は大きく変わってきている。2015年の時点でデジタル(ダウンロード+ストリーミング)の収益がCDの収益を上回っている。しかもストリーミング配信がダウンロードを上回る収益を上げている。これらのサービスが日本で定着し拡大するかどうかはまだ未知数だが、世界全体の音楽市場はもはや「CD以降」の時代に足を踏み入れているのである。

ちなみに、1986年時点では時代遅れのものだったアナログレコードが2016年になって再び人気を呼んでいるのも面白い現象だ。デジタルで音楽を聴く習慣が根付いた結果、アナログの音が持つあたたかみが再び注目を集めているのである。これも時代の変化のひとつの象徴と言えるだろう。

1986 vs 2016 アイドルシーン1986

続いては、アイドルシーンの1986年と2016年について。「アイドル黄金時代」と呼ばれた80年代は松田聖子、中森明菜、小泉今日子など数々のアイドルがテレビをにぎわせた時代。そのなかでも1986年は「おニャン子クラブ」の絶頂期だった。1985年にスタートしたテレビ番組『夕やけニャンニャン』で秋元康が仕掛け人となって始まったアイドルグループは、この年に一気に人気が拡大。オリコンシングルランキングでは、52週のうち36週でおニャン子クラブ関係曲が1位を獲得した。しかしそのいっぽうで、岡田有希子が所属事務所から飛び降り自殺するショッキングな事件も起こる。翌1987年にはおニャン子クラブも解散、その後はアイドルブームも下火になっていく。

1986 vs 2016 アイドルシーン2016

しかし、秋元康は『夕やけニャンニャン』の20年後、2005年に秋葉原で「AKB48」を立ち上げた。その後国民的アイドルグループの座まで上り詰めたAKB48は、SKE48、NMB48、HKT48など各都市の派生グループと、乃木坂46、欅坂46という公式ライバルグループも生み出す。グループ本体の人気には全盛期ほど勢いは見られないものの、10周年という節目を超えた2016年の現在も拡大し、続いている。先日には瀬戸内海を本拠地にする「STU48」の発足も報じられた。

AKB関係以外でも、アイドルシーンは相変わらず百花繚乱の時代が続いている。2016年の夏に行われた“TOKYO IDOL FESTIVAL”には3日間で300組を超えるアイドルが出演、7万5千人を超える来場者が集まった。おニャン子クラブがたった3年しか活動期間がなかったのにくらべると、2010年代にはアイドルがブームとして消費されてしまうのではなく、長く続けられるものになったことがわかる。

1986 vs 2016 バンドシーン1986

そして次はバンドシーンの1986年と2016年について。やはりバンドにおいても、ポイントは「長く続けられるものになった」ということだ。その象徴と言えるのが、1986年に結成し2016年に30周年を迎えたザ・コレクターズ。地道に活動を続けてきたバンドはここ最近になって人気と動員を増やし、来年3月1日には初の日本武道館ワンマン公演も決定した。

80年代後半は、バンドブームの時代でもあった。大きなきっかけになったのは、BOOWYのブレイクだ。1985年にリリースされたアルバム『BOOWY』がその決定打になった。同時期にレベッカ、ハウンド・ドッグも人気を拡大し、お茶の間に進出。それまでアイドルや演歌や歌謡曲が中心だった時代に、少しずつ変化が訪れ始めた。そして1987年にはザ・ブルーハーツ、ユニコーン、BUCK-TICK、レピッシュが相次いでデビュー。バンドブームが本格化した。

1986 vs 2016 バンドシーン2016

この頃の流れは2016年現在のロックシーンにそのままつながっている。ユニコーンは2009年に再結成し今も第一線で活躍。BUCK-TICKも現役でステージに立ち、ザ・ブルーハーツは解散するも、ヒロトとマーシーはザ・クロマニヨンズでロックンロールを追求し続けている。

なぜバンドは「続く」ようになったのか。それはブームを乗り越えたからだった。1989年には深夜番組『平成名物TV 三宅裕司のいかすバンド天国』(通称イカ天)が放送を開始し、爆発的な人気を呼ぶ。原宿の歩行者天国(通称ホコ天)発のバンドも含めて、たくさんのアマチュアバンドが脚光を浴びるようになる。しかしブームはいずれしぼんでしまうもので、90年代初頭にはバンドブームは終焉を迎えようとしていた。そんな1991年や1992年頃に登場したのが、ミスター・チルドレン、スピッツ、ウルフルズ、ザ・イエロー・モンキーなどのバンドたち。実は、これらのバンドはどれもブレイクまで時間がかかっている。しかし、だからこそ現在に至るまでトップを走り続けているビッグな存在になったとも言える。

ヴィジュアル系の源流も、1986年にさかのぼることができる。当時インディーズで活動していたX(現在のX JAPAN)のYOSHIKIがエクスタシー・レコードを設立したのが、この年のこと。その後、Xは1989年のメジャーデビューから一気にブレイク。エクスタシー・レコードはLUNA SEA、GLAYを輩出し、90年代に一世を風靡するシーンの一大拠点となった。そして2016年には、そのYOSHIKIが発起人となってヴィジュアル系バンドの祭典“VISUAL JAPAN SUMMIT 2016”が開催された。X JAPAN、LUNA SEA、GLAYが集う一大フェスティバルだ。今や日本独自の音楽文化として海外でも人気を広げているヴィジュアル系バンドたちも、やはり1986年がひとつの起点となっていると考えると興味深い。

連綿と続いている音楽シーンの「過渡期」

こうして見てみると、30年という時を経て、いろいろな音楽シーンの動きが重なり合っていることがわかる。間違いなく言えるのは、音楽シーンの「過渡期」が続いているということ。テクノロジーの発達とともに新たなビジネスが登場し、既存のモデルが成立しなくなってきている。『音楽主義』でも何度も取り上げている「チケット高額転売問題」もそうだが、音楽業界が解決しなければならない問題も生じ始めている。しかし、暗い話だけではない。1986年がそうであったように、2016年も、新しいムーブメントが始まった年としてのちのちに振り返られるかもしれない。

音楽シーンの未来は、常に現在進行形のアーティストとリスナーによって作られる。音楽文化はより豊かになっていくはずだと、筆者は信じている。

タグ: