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2016.11.15

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証言「1986年」その3 吉田幸司さん

証言「1986年」その3 吉田幸司さん
有限会社アクセル・コミュニケーションズ代表取締役

バンドブームの一役を担った雑誌『バンドやろうぜ』。携帯もネットも普及していない80年代後半、バンドメンバーは雑誌で募り、楽器は通販で購入するのが主流だった。創刊から2004年の休刊まで携わった同誌編集者に話を聞いた。

text:長谷川幸信

ジャンル関係なく、ロックという大きな塊になって
一致団結していた。オリンピックに似た現象だった。

遊びがそのまま仕事になったという人が圧倒的に多かった

月刊『バンドやろうぜ』は、どうスタートした雑誌なんですか?

月刊『宝島』がサブカル雑誌だった頃ですけど、1987年6月号で「バンドやろうぜ」という特集をやったんですよ。これがめちゃめちゃ当たって、『宝島』増刊号時代を経て、1988年8月に月刊『バンドやろうぜ』が正式に創刊されたんです。『宝島』の1987年6月号が発売されたのは1987年4月なんですけど、雑誌で特集として取り上げるということは、そのときすでにバンドがストリートレベルでは盛り上がっていたということですよね。そう考えると、その半年くらい前の1986年がバンドブームの始まりだったんじゃないかと思います。

音楽の現場で取材していて、バンドブームを相当感じていました?

ブームというのは結局、あとから見たときにそう思うものじゃないですか。当時の現場では、みんなが楽しくバンドや音楽をやっている感じで、ブームのなかにいるという意識は実はなかったんじゃないですかね。自分も含めて、遊びと仕事の境目がそんなになかった感じなんですよ。遊びがそのまま仕事になっちゃったという人が圧倒的に多かったと思いますね。当時のバンドも、売れたいから組むのではなくて、楽しくて好きでやっていたら結果的に売れたっていうケースも多かったはず。

メタルにかぎっていえば、80年代初期から熱かったですよ。

でもその時代は一般的に浸透していたというより、まだどちらかと言うとマイノリティだったと思うんですよ。

では、なぜバンドブームが起こったと思いますか?

原宿のホコ天が大きなきっかけになったと思いますよ。70年代後半のロンドンパンクみたいな感じで、パッションがあれば誰でもバンドができるっていう風潮になった。しかもライブハウスへ行かなくても、ホコ天で無料でできるので。あと音楽雑誌の通販で安く楽器を買えるようになって、地方の子供たちが手に入れられるようになったのも大きいと思います。『バンドやろうぜ』も楽器の通販広告とメンボ(メンバー募集告知欄)が大きな売りになっていましたから。で、その後、1989年に『イカ天』が放送され、いっぽうでX(のちのX JAPAN)やBUCK-TICKも大人気になって、バンドというのが定着していった。『バンドやろうぜ』の通販広告でも、アーティストモデル、ピック、スペア弦、教則本などがセットになった激安価格の“X 10点セット”とかが出て、売れに売れたそうです。それで地方の中学生ぐらいでもバンドをやれるようになるんですよね。これも逆算すると、1986年あたりから楽器を始めた中学生が増えていって、その子たちがバンドを結成してホコ天でライブをし、1989年あたりのバンドブームにつながっていったんじゃないかと思います。ちょっと強引かもしれませんけど(笑)。

1986年にXがエクスタシー・レコードを設立したのは大事件

『バンドやろうぜ』では特にどんなアーティストが人気だったんですか?

人気があったのはやっぱりXですよ。同時に、ジュンスカ、ザ・ブルーハーツ、レピッシュもすごく勢いがあって。ひとつの音楽性に凝り固まった感じではなくて、80年代後半はわりとグチャグチャでしたね。

仙台で行われていたシリーズイベント“ロックンロールオリンピック”(1981〜1994年に開催)には、いろんなタイプのバンドが顔をそろえていましたもんね。

バンドが細かいジャンル関係なく、ロックという大きな塊になっていた時代ですね。いろんなタイプのバンドが出てもフェスとして成立していたし、バンド同士もジャンルを越えた交流があった。オリンピックにもいろんな競技がありますけど、全部が日本代表って感じでお客さんも含めて一致団結してるじゃないですか。まさにそれに似たような現象だったんじゃないですかね。

あと、バンドが活動するための下地作りは80年代半ばぐらいから始まっていたと思うんですよ。インディーズレーベルもいろいろ生まれたり。

そうですね。料理にたとえるなら仕込み作業が1986〜1987年頃。自主制作でも全国流通とか、メジャーと変わらない動きができるようになった。そのなかでも1986年にXがエクスタシー・レコードを設立したのは大事件ですよね。そこからLADIES ROOMとか東京ヤンキースとかが音源を出して、いわゆる“エクスタシー軍団”ができていった。レーベルイベントの“エクスタシー・サミット”も始まって、武道館や大阪城ホールでも成功させた。あの頃は、メジャーも元気あったけど、インディーズの台頭もとにかくすさまじかった。メジャーとインディーズの垣根がなくなったのもそのあたりなんじゃないですかね。

what's “バンドやろうぜ”?

1988年に宝島社(当時はJICC出版局)より創刊された初心者向けのバンド雑誌(2004年に休刊)。楽器や奏法特集、ジャンルを問わない幅広いバンドのインタビュー、バンドスコアに加え、圧倒的なメンバー募集告知数と楽器通販広告で一世を風靡した。

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