ディズニーは別格! 『アナ雪』のヒットで
音楽映画にハズみがついたことは事実だわ。
音楽映画最新事情
昨年11月に公開された英国の伝説的ロックバンド、クイーンについての映画『ボヘミアン・ラプソディ』は全世界でメガヒットを記録し、日本でも世代を超えて観客を増やして社会現象にまでなりました。
バンドや楽曲の熱狂的“元祖”ファンだけでなく、お茶の間レベルで幅広く観客を獲得できたのはすごい。異例の大ヒット音楽映画と言えますね。
同作の最終監督を務めたデクスター・フレッチャーが次に手掛けた『ロケットマン』もこの夏、日本で公開され話題を呼んでいますし、ディズニーの『アラジン』や『ライオン・キング』も絶好調。最近、洋画の世界では音楽映画の勢いがすごくないですか?
“音楽映画”といってもいろいろあるのだけどね。たとえば『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』は実在のミュージシャンを主人公にした伝記映画。実際にドラマティックな音楽家人生を生きているわけだから、イチから話を作らなくて済むし、キャラクターも楽曲もすでにいい素材が揃っているのが強み。特に『ロケットマン』の場合はエルトン・ジョン本人がプロデューサーを務めているわけだし、そりゃもう完璧でしょう。
音楽映画[1930〜90年代]
それにしてもこの音楽映画ブームって、いきなり来たわけではないですよね。ここに至るまでの様々な流れが積み重なって、こうなったと思うのです。
そもそも1930〜40年代のハリウッド黄金期やそれに続く50〜60年代半ばまでは『オズの魔法使』(1939年)や『巴里のアメリカ人』(1951年)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)といった、大掛かりなセットを駆使してスターを起用したミュージカル映画が全盛期だったの。
なるほど、音楽映画が大作の主流だったのですね。
そう。でもその全盛期は70年代には完全に終わり、映画音楽自体もコストカットのスリム化時代に。代わってMTVの放送が始まった80年代にはサントラ映画のブームが到来。サントラといってもスコアではなく、シングル曲を集めたコンピ盤のようなもの…その傾向は70年代の『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)くらいからあったのだけどね。なかには『フットルース』(1984年)のようにヒット曲をいくつも生んだ映画もあった。でも、それも次第に飽きられてしまうの。
90年代は日本ではミニシアター系映画が人気を呼びました。
そのなかには『トレインスポッティング』(1996年)のように音楽の使い方がスタイリッシュなことでヒットした作品もあったよね。いっぽうで高校の音楽教師を主人公にした『陽のあたる教室』(1995年)とか、メリル・ストリープが荒れた小学校でヴァイオリンを教える実在の女性を演じた『ミュージック・オブ・ハート』(1999年)とか、音楽に携わる人をめぐるちょっといい話を描いた作品も流行った。その流れから『海の上のピアニスト』(1998年)とか『戦場のピアニスト』(2002年)のように、史実も創作も含めてミュージシャンを主人公にした作品も増えてくる。また、『エンパイア レコード』(1995年)や『ハイ・フィデリティ』(2000年)のようなレコードショップを舞台にしたフィクション業界ものも話題を呼んだ。
音楽映画[2000年代以降]
でも、それらはいわゆる超大ヒットとまではいかなかったですよね?
ミニシアター向けの小品だからね。で、そこに登場したのが、ブロードウェイの伝説的振付師・演出家のボブ・フォッシーが手掛けたトニー賞受賞作の映画化『シカゴ』(2002年)。興行的にも大成功したし、なにより長らく敬遠されていた、スター俳優が自分で歌って踊る本格的なミュージカル映画がオスカー(アカデミー賞)の作品賞をとってしまったことで、業界も“なんだブロードウェイがあったじゃないか”ってことに気がついたの。それで『オペラ座の怪人』(2004年)から『マンマ・ミーア!』(2008年)、『レ・ミゼラブル』(2012年)まで、名作舞台の映画化が一気に進み、どれも結構当たった。そこから『ラ・ラ・ランド』(2016年)へとつながっていくわけ。かつて全盛をきわめた、オリジナル楽曲&脚本による王道ミュージカル映画の復活!
確かにブロードウェイでおなじみの作品ならまだしも、完全オリジナルってチャレンジングですね。でも『ラ・ラ・ランド』は過去の偉大なミュージカル映画の名場面を引用したり、オマージュとかがかなり散りばめられているんですよね。
それも成功した要因ね。あと音楽を担当した作曲家のジャスティン・ハーウィッツが、デイミアン・チャゼル監督とはハーバード大学時代のクラスメートで、当時からずっとコラボを続けている気心の知れた相手だったのも大きいと思う。とにかく『ラ・ラ・ランド』が大当たりしたので、その後は同様の企画も通りやすくなったみたい。ヒュー・ジャックマンが昔からずっとあたためていた『グレイテスト・ショーマン』(2017年)もその波に乗れた。あれも実在の人物がモデルとはいえ、ほぼオリジナルストーリーだから。
ディズニーの音楽映画
オリジナルミュージカル映画といえば、日本でも驚異の興行収入を記録したディズニー長編アニメ『アナと雪の女王』(2013年)を忘れてはいけないような…。
ディズニーは別格よ! 数々のスタンダードナンバーを生んだ『白雪姫』(1937年)や『ピノキオ』(1940年)に始まり、今年11月公開予定の『アナと雪の女王2』まで通算58回も脈々と続いているんですもの。確かにアラン・メンケンが音楽を手掛けた『リトル・マーメイド』(1989年)が発表されるまでの1960〜80年代は低迷期だったけど。いわゆるディズニー第2の黄金期となる『美女と野獣』(1991年)、『アラジン』(1992年)、『ライオン・キング』(1994年/※音楽はハンス・ジマー)と現在まで愛されるヒット作を連発。その後もメンケン先生は『塔の上のラプンツェル』(2010年)あたりで復活。おっしゃる通り、2013年に『アナ雪』(※音楽はクリストフ・ベック)のヒットで音楽映画にハズみがついて『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』を後押ししたことは事実だわ。
今後の音楽映画
今や音楽映画は“当たる”ジャンルなのですね。それにしてもクイーンもエルトン・ジョンも英国のミュージシャン。やはりビートルズを生んだ国は偉大です。
ハリウッドに対する対抗心もあるしね。そういえばアイルランド生まれのジョン・カーニーという監督も。ストリートミュージシャンを主役にした低予算映画『ONCE ダブリンの街角で』(2007年)を米国で成功させて以来、『はじまりのうた』(2013年)、『シング・ストリート 未来へのうた』(2015年)と良質なミュージシャン映画を撮り続けている。それと、アメリカ人じゃない音楽家を主人公にした伝記映画としては、アカデミー賞主演女優賞にも輝いた『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(2007年)の成功も記憶に新しい。
これから公開される注目作品は?
まず確実なヒットが見込まれているのは11月公開予定の『アナと雪の女王2』。そして年明け1月24日公開が決定した実写映画版『キャッツ』は日本でも抜群の知名度を誇るミュージカル作品だけに大注目。来年の年末にはスピルバーグ監督が手掛ける『ウエスト・サイド物語』のリメイク作の公開が控えているし、ミュージカル映画の人気もまだまだ続くと思う。
今後の日本の音楽映画
日本映画にも期待したいです。
公開中の『ダンスウィズミー』のようなミュージカルコメディもあるけど、日本の音楽映画といえば、音楽に情熱を注ぐ若者たちを主人公にした“青春映画”が主流よね。実は最近、急に増えて気になっているのが『涙そうそう』(2006年)、『ハナミズキ』(2010年)、『キセキ -あの日のソビト-』(2017年)、『雪の華』(2019年)といったヒット曲にインスパイアされて物語が作られるパターン。楽曲のファンを取り込めるのが強みなのだと思う。来年も中島みゆきの名曲に着想を得た『糸』の公開(4月)が控えているからこの傾向も続きそう。そろそろ日本でも実在のミュージシャンを主人公にした本格的な伝記映画が作られてもいいと思うのよね。波瀾万丈の人生を送った音楽家も多いし。私は海外での公開も考えて、現代音楽の武満徹先生とかどうかしらと思う。面白そうでしょ?
PROFILE
『バディ』『CDジャーナル』などの編集部を経てフリーランスに。数々の雑誌で、カルチャーページや映画レビュー、インタビューを編集・執筆している。日本テレビ『スッキリ』でも月イチで映画紹介を担当。