ライブハウス店長インタビュー

vol.35 目黒鹿鳴館 山口高明さん

vol.35 目黒鹿鳴館 山口高明さん

1987年の入社時に先輩や当時のバンドマンから「PEPE」と名付けられ、これまでずっとその愛称で親しまれている山口店長。ハードロック、ヴィジュアル系にとどまらず、最近ではアイドルにも力を入れ、日々「面白いこと」を追いかけている。

text:高橋 葵 photo:岡本麻衣(ODD JOB LTD.)

時代がこうだから、意識的にこうしなきゃダメだ!っていう感じ
じゃなくて、面白いことをやっているっていう感覚です。

椅子を取ってみたらブッキングが増えました

目黒鹿鳴館のオープン年は1980年だそうですね。もともとは寄席小屋だったんですか?

資料がないのであいまいなんですけど、鹿鳴館をやる前は確実に寄席で。それよりさかのぼると、ストリップをやったり、名画座のような雰囲気の映画館だったりしたみたいです。

山口さんがお店に入ったのはいつ頃ですか?

1987年にアルバイトとしてですね。

当時の鹿鳴館にはどんなバンドが出演していましたか?

ハードロック系ですね。全部が全部そうではなかったんですけど、ジャパメタ全盛だったので。当時は鹿鳴館でワンマンをやっているようなバンドは、確実にメジャーデビューして、そっちに行ってもちゃんと通用するっていう感じでした。毎日毎日、どんなバンドでもお客さんが入っていたというのもあるんですよね。チケット代も1,500円とか1,800円とかで、今より安かった。それと、都内でデカい音でできるライブハウスがあまりなかったようなんですよ。目黒鹿鳴館は音量の制限とかはなくて、バンドのなかで少し話題になったというか。やっぱりロックはでっかい音で派手に聴いたほうが気持ちいいので。出音の振動もいいスパイスになりますからね。

鹿鳴館といえば以前は固定座席がフロアにありましたが、2012年に外されリニューアルしました。それはどういった経緯だったんでしょうか?

バンドの子たちに鹿鳴館でもライブやらないですか?とお誘いすると、「椅子があるとお客さんが暴れられないから…」と、ちょっと渋られていたんですよ。そういうのが1件や2件じゃなかったんですね。椅子があるのはあるので鹿鳴館らしくて好きでしたし、「外しちゃうの?」「取っちゃうの?」っていう声も半分くらいあったんですけど、椅子を取ってみたらブッキングが増えました。うちもいろいろ考えたうえで、これが今の時代、ベストなんじゃないかなと。でも、アコースティックライブとか、何かの発表会とか椅子が欲しいイベントもあるんですよ。そういうときはスタッキングチェアを並べて、80席くらい対応できます。以前は55席だったので、それより椅子が置けるようになったという。

地下アイドルは面白いですからね、ロックバンドと変わらないですもん

アイドルの公演も増えましたよね?

意識的に増やしてます。意識的と言ったら大げさかもしれないけれど、そう言っても過言じゃない。地下アイドルは面白いですからね、ロックバンドと変わらないですもん。ヴィジュアル系もいいバンドは残ってますけど、昔はイベントで10バンドくらい出たら、そのなかでせめぎあいみたいなものがあったんですよね。10バンド出たら10色あった。同じことをやったら恥ずかしいみたいな意識のほうが働いていたから。でも今は、(人気のあるバンドに)寄せて寄せてというか。ライブハウスからお客さんが離れてるよなんて言われても、それはそうだよなって思う。そんなふうに漠然と思っていたときに、BABYMETALが鹿鳴館に出て。メタルをやってるアイドルなんだなっていうのは資料で知っていましたけど、客席を観たらそっちも全員メタラーなんですよ! なんだこりゃあ! こういうのはいけるなあと思って。今はロック系のアイドルも結構増えてきて、それを観ているうちにやっぱり面白いなと。昔のヴィジュアル系と似てるんですよ。同じことをやったらちょっとダサくね?っていうスタンスでやっている。

目黒鹿鳴館 山口高明さん

嫌なオトナの部分は出さない。そういうのは伝わってるのかな

マインドがロックですよね。同じことをしていると勝ち残っていけないという話をアイドルからも聞くことがあります。今でもオーディションはやっているんですか?

やってます。僕は入社したときからずっとオーディション担当なんですよ。当時は、僕が思う「鹿鳴館」というイメージがあって、厳しくせにゃあかんな!と思っていて、必要以上に厳しくなってしまったんですが(笑)。厳しくいかないとブッキングに入れる日がなかったんですよね、1日3バンド出演とかだったんで。合格したら月曜日の夕方の早い時間から始めて、だんだんがんばって動員を増やしてくると、トリになって、週末とかにも出られるようになってという。今のアイドルはそんな感じです。鹿鳴館も、僕プロデュースでアイドルの面倒を見ていて。「恋をするには若すぎる」っていうアイドルで、3月26日にうちでライブデビューしました。彼女らも完全にロックですね。

アイドルにそこまで意欲的なのは正直意外でした。自然な流れでのことなのかもしれないですけど。

そうですね。時代がこうだから、意識的にこうしなきゃダメだ!っていう感じじゃなくて、面白いことをやっているっていう感覚です。自分が楽しめる場というか。面白い会場作りをしています。厳しいことも言うけどもっていう感じで。そこに賛同してくれる人が「鹿鳴館はやっぱりいい」って来てくれる。僕も忙しさにかまけてライブを観られない日もあったりするけど、そういうときは「ごめん、観られなかった!」ってちゃんとバンドに言って。観たフリして「いやー良かったよ!」なんて、嫌なオトナの部分は出さない。そういうのは伝わってるのかなと思いますし。僕は歌舞伎町でバー(Pepe Trick)もやってるので、そっちでも話をしたり。事務所で直立不動で聞いてるよりは、本音で話せるからいいと思いますね。

BABYMETALがやってたハコだからやりたいと言われたり

最後に、今後の鹿鳴館の展望を教えてください。

まあ、面白いと思ったことをやっていこうと思ってます。ヴィジュアル系も、面白いバンドはいますしね。アルルカンとか、DEZERTとか、最近は出ていないけどNOCTURNAL BLOODLUSTとか。先輩方ではMORRIEさんのCreature Creatureとかもやっぱり面白いですし。でも、鹿鳴館を活動の場所として選ぶバンドがそのクラスになるんですよ。若手がいない。

若手は渋谷、新宿のハコに出ることが多いかもしれないですね。

そうそう。でも、それでいいと思うんですよ。ヴィジュアル系は今、そこが熱いぜ!っていうのがあると思う。一時期鹿鳴館もそうだったわけで。一般的には「目黒? 遠いなー!」って思われているところもあるでしょうし、鹿鳴館が新宿にあったらもうちょっと出ますよみたいな話もあるだろうし。でもそういう、「たられば」の話をしてもしょうがない。今、アイドルのなかでも、BABYMETALがやってたハコ、BELLRING少女ハートがホームグラウンドにしているハコだから鹿鳴館でやりたい、とかは言われていて。

鹿鳴館は鹿鳴館として、これからもずっとここの土地でやっていくと。

そうね、ずっとやってきたから、これからもスタイルは変わらないと思います。僕が店長のうちは面白いと思ったことをやって。面白くねえなあと思ったら、なんか新しいものに興味があったらそれを取り入れていって、ということの繰り返しですね。

目黒鹿鳴館

目黒鹿鳴館

東京都目黒区目黒1-5-17山﨑ビルB1F
03-3494-1801

地下1階に広がるキャパシティ約250名のホール。数年前にデジタルミキサーに切り替え、ムービングライトも導入。爆音演奏にも対応する自由度の高いハコだ。

F.A.D YOKOHAMA

次回は、オープン20周年 F.A.D YOKOHAMAを直撃!

横浜中華街ほど近くに1996年にオープンし、今年で20周年を迎えるF.A.D。6月には20周年アニバーサリー月間を設けており、音楽シーンと横浜の地を盛り上げる。店長にハコの歴史と今後の展望をうかがう。

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